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【書籍より一部掲載】ここからはじめる企業法務ー未来をかたちにするマインドセット①

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企業法務の本質とは何か? 30年以上のキャリアから導き出された答えを平易にまとめた一冊が『ここからはじめる企業法務――未来をかたちにするマインドセット』(英治出版、2021年10月8日発売)です。本記事では、本書から第2章1節を公開します。 主人公は松井くんと上司の上原課長。第1章において、上原課長が、企業法務の本質とは、六法全書を片手に契約書をレビューすることではなく、「ビジネスに線路を敷く仕事」だと松井くんに伝えました。以下はそれに続く1節です。松井くんは上原課長との対話から何を学ぶのでしょうか。
 
松井
企業法務の本質が「ビジネスに線路を敷く」ところにあることは、先日のお話でよく理解できました。 それにしても、企業法務って、かなり仕事の幅が広いと思うんですよね。 クライアントさんや仕入先さんとの取引の契約だけじゃなく、支払いが滞っているときは経理部の債権回収を手伝ったり、不祥事が起こったときは人事部と一緒に関係者にヒアリングをかけたりしながら、対応の方向性を決めたりもしますよね。 株主総会の準備では、想定問答集や議長のシナリオを作成したり、企業買収の話になるとプロジェクトチームに加わって買収戦略の立案・推進のリーダー役にもなりますし。昨日は、上原さんご自身で特許侵害の訴状のドラフト(素案)も書いていましたよね。
上原
たしかに守備範囲はとても広くて、どれもおろそかにできない重要な仕事だね。 取引契約だけじゃなく、債権回収に不祥事対応、株主総会やM&A、それに訴訟対策もすべてわれわれにとってはビジネスの一部なんだ。そうしたビジネスにしっかりした線路を敷くことこそが、企業法務の最も重要な役割といっていいんじゃないかな。
松井
そのために心がけなければならない大切なことって何なのでしょうか?
上原
いろいろあるけれども、まず重要なことは、イシューを発見することだよ。
松井
イシューですか……?
 

第1節 イシューを発見するには

第1章で、「企業法務とはビジネスに線路を敷く仕事」だと述べました。第2章からは、そのために重要なマインドセットについて、さまざまな取引のケースを例にしながら、具体的に見ていきます。 上原課長は松井君に、ビジネスに線路を敷くには、まず、「イシュー」を発見することが大切だ、と言っていました。それはどういう意味なのでしょうか。 上原課長と松井君が勤める竹上部品は、電機、自動車、建設機械など、さまざまな分野向けに、多種多様な部品や資材を製造、販売する総合部品メーカーです。 たとえば、竹上部品が新規取引先であるブライト電機との間で、同社が製造する新型のマッサージチェアに組み込む機械部品の取引を始めようとした場合、気をつけなければならないことは何でしょうか。
 
まず、与信(信用を供与すること)の問題があります。通常、企業間取引では納品と支払いの間にタイムラグがあります(図1)。したがって、竹上部品がブライト電機に機械部品を売ったときに、合意された支払条件(たとえば、納品月末締め、翌月末支払い、など)に従って、必ず代金を支払ってくれると信用していい会社なのかを見極めなければなりません。具体的には、ブライト電機のこれまでの取引先や取引実績、その他財務状況などを精査して、ブライト電機と取引を開始してよいか、取引するとしたら毎月いくらまで売掛金(先に商品を販売し、あとから代金の支払いを受ける場合の、一時的に発生する未回収の代金)を作ってよいか(与信限度額の設定)といった問題を検討する必要があります。
 
次に、竹上部品における製造技術上の問題があります。ブライト電機は竹上部品から機械部品を購入して、自社のマッサージチェアに組み込むわけですから、その部品は竹上部品の標準製品ではなく、ブライト電機仕様である可能性が高いでしょう。このような場合、果たしてブライト電機の要求仕様に合わせられるのかという技術上の問題が出てきます。
 
また、製造スケジュールの問題もあります。技術的にブライト電機の仕様どおりの製造が可能だとしましょう。しかし、竹上部品の工場では、他の顧客向けの部品も製造しています。したがって今回新たに、部品を製造するにあたっては、そのための製造ラインを納期に合わせて確保することができるか、という具体的な製造工程のスケジュール上の問題を検討する必要があります。
 
さらには、検収条件(納品されたものが注文どおりにできているかどうか検査をして、受け取りの可否を確認するための条件)の問題もあります。 通常、完成品メーカーは、組み込む部品の供給を受けるにあたって、厳しい検収条件を定めていますから、それを事前にしっかり確認しておく必要があります。 検収では、種類・数量・破損の有無・動作に不具合がないかなどが検査されます。たとえば、動作確認の検査項目が多い場合や、その合格基準が他のメーカーなどに比べて極めて厳しい場合、あるいは検収にかかる期間が通常より長期にわたるような場合は、注意が必要です。なぜなら、竹上部品の出荷前検査では問題のなかった部品がブライト電機の検収に通らないケースもありますし、また、先に述べた支払条件の関連でいえば、請求書の発行が納品後ではなく、検収完了後のようなケースでは、納品しても検収が完了しない限り、竹上部品は請求書を発行できず、代金の回収が遅れることになってしまうからです。
 
そのほか、以下のような問題も考えられます。 ● 保証条件の問題……検収後、ブライト電機において、あるいは最終ユーザーにおいて、納入した機械部品に不具合が発見された場合に、竹上部品がその修理や代替品の納入に応ずる場合の条件。
 
知的財産権の帰属の問題……ブライト電機の仕様に基づき、竹上部品が製造した機械部品に関する特許などの知的財産権をどちらに帰属させるかなど。 新規に取引を始めようとする場合、実にさまざまな問題について検討を加えなければなりません。 これらの一つひとつが、上原課長のいう「イシュー」なのです。「検討課題」と言い換えてもよいでしょう。 こうしたイシューの多くは、経理部や財務部、技術部や製造部の問題じゃないの? と思われるかもしれません。たしかに、それぞれのイシューの主たる担当者は各部門の責任者です。しかし、経理部や技術部といった各部門だけでこうした問題に対処することはできません。なぜなら、両社の合意を言葉にした契約書は以下のようなプロセスを経て作られるからです。  ① 主担当となる部門における検討結果を関連部門と共有。  ② さらに多角的に社内で検討を加え、各イシューに対する会社としての考えを決定。  ③ 集約された会社としての考えを踏まえて、取引相手と協議。  ④ 最終的に両社で合意した内容を取引契約書という具体的な書面にする。
 
こうした事前の書面による確認・合意があって初めて、ビジネスの当事者は安心して取引を進めることができます。また、万一、トラブルが生じたときにも、その合意内容を解決のための指針として役立てることができるのです。 この一連の合意形成のプロセスにおいて、法的な素養をベースに、社内ではファシリテーター(調整・推進役)として、また、相手との関係ではネゴシエーター(交渉役)として重要な役割を担うのが、企業法務パーソンです。 企業法務パーソンがそうした役割を担っているからこそ、上原課長は松井君に、企業法務の最も重要な仕事はビジネスに線路を敷くことであると説き、そのためにはまずイシューを発見することが大切だ、と伝えたのです。 イシューの発見が漏れてしまうと、上述したような問題がそもそも社内で検討されないことにもなりかねず、企業は有形無形の大きな損害を被るおそれが出てきます。 そうしたビジネス上のリスクを最小化するために、まずは、リスクの可能性を含むイシューを漏れなく発見し提起することが、企業法務パーソンに課された大きな役割となります。
 
 
<文字方向(縦→横)など、本記事では、実際の書籍とレイアウトが異なるところがございます。何卒、ご了承ください。>
 

書籍紹介

登島 和弘『ここからはじめる企業法務‐未来をかたちにするマインドセット』 (英治出版、256頁、1,800円+税) 企業法務はこんなに面白い! 〇 ビジネスを前に進める上では欠かせないにもかかわらず、その実態が見えづらい企業法務という仕事。法務パーソンとしてキャリア30年以上の著者が、その仕事の本質と全体像を分かりやすく解説し、その面白さを伝える一冊。
目次  第1章 企業法務の実像   第2章 イシューを発見する   第3章 リスクを察知する   第4章 着地点を探す    第5章 「視える化」する    第6章 視野を広げる  第7章 企業法務の未来を描く

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