はじめに
就活生の能力を測るため企業が実施する「WEBテスト」を本人になりすまして受験したとして、警視庁サイバー犯罪対策課は21日、20代の会社員の男を逮捕していたことがわかりました。約400万円を売り上げていたとのことです。今回は就職活動不正のリスクについて見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、逮捕された男は就職活動中の学生の学力や性格などを診断し、採用面接に進む学生の絞り込みや採用後の人事配置の参考などに使われるWEBテストで、就職希望者のIDとパスワードを入手し本人になりすまして受験していたとされます。男はツイッターなどで替え玉受験の希望者を募集し、1科目あたり2000円~3000円で請け負っていたとされ、今年4月に依頼があった東京都内の大学生になりすましてオンラインで受験したとのことです。男は数年間で300人以上から依頼を受けていたとされ、半年間で約400万円を稼いでいたと見られております。依頼した20代の大学生も書類送検されるとのことです。
替え玉受験の違法性
企業の就職テストや大学受験などの試験で本人になりすまして試験を受ける替え玉受験どのような問題があるのでしょうか。まず本人が受験し作成すべき答案用紙を他人が作成した場合私文書偽造および同行使罪が成立すると言われております(刑法159条、161条)。刑法159条1項によりますと、行使の目的で、他人の印章もしくは署名を使用して権利、義務もしくは事実証明に関する文書・図画を偽造した者は3ヶ月以上5年以下の懲役に処するとしております。テストの答案用紙は受験生の学力を示す文書であり、権利・義務もしくは事実証明に関する文書に該当するとされます。そして本人の名前を記名することは他人の印章もしくは署名を使用したということになります。なおこれらの行為をオンライン試験で行った場合、電磁的記録不正作出、提供罪に該当することになります(161条の2)。文書偽造の電磁的記録版と言えます。
その他の法的問題
替え玉受験は上記のとおり直接的には文書偽造等の罪に該当しますがそれ以外にも建造物侵入罪や偽計業務妨害罪に該当する場合があります。刑法130条によりますと、正当な理由がないのに、人の看守する建造物に侵入した者は3年以下の懲役または10万円以下の罰金となっております。本人になりかわって替え玉受験をするという違法な目的のための立ち入りであることから、建造物の管理者の意思に反する立ち入りであり「侵入」に当たるということです。そして偽計を用いて人の信用を毀損し、またはその業務を妨害した者は3年以下の懲役または50万円以下の罰金となります(233条)。偽計とは人を欺いたり、不知や勘違いを利用することを言い、本人になりすまして受験する行為は偽計に該当すると言えます。それにより円滑な選考が妨げられることから偽計業務妨害に該当しうるということです。
民事上の責任
替え玉受験による入社後、その事実が発覚した場合は懲戒解雇理由になる場合がありえます。これは一種の経歴詐称に該当すると考えられるからです。経歴詐称には学歴や職歴などを偽る場合が多いと言えますが、これらの全てで懲戒解雇が認められているわけではなく、重大な場合に限られます。具体的には中学または高校卒業者のみを対象として募集し、高卒と偽って応募し、面接でも高卒である旨答えていた事例で解雇が認められました(東京地裁昭和54年3月8日)。替え玉受験の場合、テストで一定以上の成績を出した者を採用するという方針で募集し、それに対して他人が受験して能力を偽っており、そもそも当該行為自体が違法行為であることから懲戒事由に該当する可能性は高いと言えます。それ以外にも民事上の不法行為に該当し、損害賠償請求がなされることも考えられます(民法709条)。
コメント
本件で逮捕された20代の会社員の男は、ツイッターで替え玉受験の希望者を募集し、本人からIDとパスワードを受け取り、本人に成り代わって企業のWEBテストを受けていたとされます。警視庁は私電磁的記録不正作出・同共用容疑で逮捕しました。WEBテストは自宅のパソコンなどからオンラインで受験することから本人確認が難しく、替え玉受験などの不正を防止することが困難と言われております。本件でも数百件の依頼を受けていたと見られておりこのような不正が横行していたと見られております。しかし上記のように就職試験等でのこのような不正行為は犯罪にあたり、採用後に発覚した場合は懲戒解雇理由にも該当する可能性がある行為と言えます。試験を実施する際にはこれらの点に留意して、受験生に周知し、不正があった場合の対応なども予め検討しておくことが重要と言えるでしょう。