はじめに
物価上昇の気運が高まる中、各社は顧客を繋ぎ止めるため、安いセットプランの提案など価格設定に工夫をこらしています。そんな中、電気・ガス供給大手の日本瓦斯株式会社(東証プライム上場、以下「ニチガス」)が、悪質な訪問販売を繰り返したとして、5月24日、消費者庁から一部、業務停止命令を受けました。
期間は、令和5年5月24日から同年8月24日までの3か月間で、対象は、訪問販売に関する勧誘・申込受付・契約締結となっています。加えて、消費者庁はニチガスに対し、再発防止策の実施とコンプライアンス体制の構築なども指示しています。
問題となった勧誘行為
今回、業務停止命令を受けたニチガスは、関東エリアを中心にLPガスをメインに扱うエネルギー事業を展開する会社として知られていますが、令和3年3月以降、以下の行為を繰り返していたということです。
(1) 勧誘目的等の明示義務に違反する行為(旧特定商取引法 第3条)
ニチガスは、少なくとも令和3年3月~11月の期間、契約締結について勧誘する目的であったにも関わらず、それを明確に告げることなく、相手方を誤解させるような表現を使用して消費者にアプローチを行ったとされています。具体的には、
・「今回ニチガスから、お客様にお知らせありまして、お伺いしました。」
・「ご自宅の方にお伝えがありまして。」
・「ちょっと、お知らせが遅れてしまって申し訳ないんですけども、一応最短で来月からガス料金の方、料金下げて使うことができますんで、よろしくお願いいたします。」
といった誘い文句を使用したとのことです。
(2) 契約を締結しない旨の意思を表示した者に対する勧誘(旧特定商取引法 第3条の2第2項)
さらに、ニチガスは、少なくとも令和3年4月~令和4年3月の期間、契約を締結しない旨の意思表示をした消費者に対し、以下のような文言を用いて契約締結について勧誘し続けたとされています。
・「(契約締結手続きは)簡単に済みます。特にややこしくはないです。」
・「同じ電気とかガス使う方なら、安い方がやっぱいいじゃないですか。」
・「ニチガスに切り替えた方が安くなるかもしれませんので、ガス料金を調べさせてください。」
・「検針票を見せてください。」
(3) 役務の対価につき不実のことを告げる行為(旧特定商取引法 第6条第1項)
加えてニチガスは、令和4年2月当時、実際にはそのような事実はなかったにもかかわらず、あたかもニチガスと契約を締結することで、消費者が契約締結中の他の事業者の電気料金よりも年間の電気料金が安くなるかのような不実の内容を伝えたとされています。
特定商取引法とは
特定商取引法は、事業者が消費者に対して商品やサービスを提供する際のルールや取引条件を定めた法律で、消費者の利益を守ること、公正な競争環境を構築することを目的としています。今回、ニチガスが抵触したのは以下の規制になります。
•氏名等の明示の義務付け
特定商取引法は、事業者に対して、勧誘開始前に事業者名や勧誘目的であること・販売しようとしている商品などを消費者に告げるように義務付けています。
•再勧誘の禁止等
特定商取引法上、事業者は、訪問販売の際、勧誘に先立ち消費者に対し、「勧誘を受ける意思」の有無を事前確認する努力義務を負っています。消費者が契約締結の意思がない旨を示した場合、その訪問時においては勧誘を継続したり、後日改めて勧誘することは禁止されています。
•再勧誘の禁止等
特定商取引法上、事業者は契約締結の勧誘の際、消費者に対し、事実と異なることを告げることが禁止されています。
なお、経済産業省が昨年12月に発表した「令和3年度消費者相談報告書」によりますと、近年、行政に寄せられる消費者相談の件数は増加傾向にあるということです。
令和3年度の相談件数は8103件で前年度比4.7%増となり、3年連続で前年度から増加したということです。このうち、「特定商取引法関係」は5629件(前年度比13.8%増)で、全体の7割近くを占めています。
トラブルの中身を覗くと、「訪問販売」が2051件で、特に住宅の水回り設備や鍵の解錠等の修理・修繕、リフォーム等の工事・加工に関する相談が多く寄せられました。続いて、「電話勧誘販売」が940件。SNSの音声通話機能や会議アプリを利用した勧誘等に関する相談が多かったとされています。
令和3年度消費者相談報告書をまとめました(経済産業省)
コメント
今回の問題の背景の一つとして、2017年4月に開始された都市ガスの全面自由化が考えられます。従前は、各地域で大手ガス会社が独占的に供給していましたが、自由化により消費者はガス会社を選択できるようになりました。
当初、保安業務を伴う参入障壁の高さから、ガス業界は電力業界に比べて参入企業が限定的でしたが、現在は徐々に参入企業数が増えている状況です。実際、ガス契約の切り替え手続きの申込件数は大幅に増加しており、ガス業界の競争激化を示しています。
ニチガスが勧誘時に使用していた具体的な誘い文句などを見ますと、現場担当者の知見のちょっとした不足や心理状況等により、どの企業でも十分に起こりえるリスクのように感じます。
競争が厳しい業界内では、一にも二にも営業力の強化が叫ばれがちですが、その結果、3か月の業務停止命令を受けたのでは、営業上もレピュテーション上も大きな損失といえます。今回のニチガスの事例を見る限り、やはり、営業力を強化するのであれば、それと同じだけ、コンプライアンスの強化も同時に行わねばならないと痛感させられます。