はじめに
日大三島高校(静岡県三島市)が非正規雇用の男性教員に対し、賃金の未払いがあったとして三島労働基準監督署から是正勧告を受けていたことがわかりました。1コマ60分単位で支払われていたとのことです。今回はコマ給の適法性について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、日大三島高校に務める非正規雇用の40代の男性教員は2020年4月から23年1月にかけて授業以外の教材作成や生徒指導などの業務で賃金が支払われていないとして労基署に申告をしていたとされます。男性教員は同校と1コマ60分の数学の授業を週に20コマ程度担当する契約を締結し、授業をしたコマ数に応じて賃金が支払われていましたが、授業以外の残業には支払われておらず、また労働条件も不明確であるとして労基署から是正勧告が出されたとのことです。学校側は非常勤講師への賃金は授業実施だけでなく授業に付随する業務の対価を含むとしております。
コマ給とは
学習塾や予備校のアルバイト講師、学校の非常勤教員などへの給与の支払い方法としていわゆる「コマ給」という制度を採用している場合があります。これは1回の授業を1コマとし、1コマあたりの給与を定めて月あたりの授業の回数分給与を支払うといったものです。一般に1コマあたりの給与の相場は1800円~2000円程度とされ時給として見れば低くないように思われます。しかし通常これには授業前後の準備や生徒対応、その他の雑務の時間は含まれておらず、時給換算した場合相当低い数字となり、場合によっては最低賃金を下回ることもありえます。このコマ給制度は近年の少子化と人件費高騰により多くの学習塾や学校等で採用されていると言われております。しかしこのコマ給制度では本来支払われるべき残業代や割増賃金が支払われていないといった事例も多いとされます。以下具体的に見ていきます。
コマ給と時間外労働
コマ給制を採用している場合、1コマの労働時間以外の雑務等は労働法上の労働時間に該当しないのでしょうか。この点最高裁判例では、労基法32条の労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間に該当するかは労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるとしております(最判平成12年3月9日)。つまり使用者から命じられた業務や、授業を遂行する上で不可欠な準備などは労働時間に該当すると考えられます。それ以外にも生徒からの質問対応や報告書作成、研修なども労働時間に該当するものと言えます。一方で定年後再雇用でコマ給制となり、賃金が定年前の3割以下となった事例で、正社員とは業務内容や責任の程度に差があることから不合理とは言えないと判断された裁判例も存在します(東京地裁立川支平成30年1月29日)。
講師等の労働条件の確保・改善ポイント
神奈川労働局の塾講師等の労働条件確保・改善に関するポイントではコマ給制などを採用する事業者の注意すべき点などが示されております。それによりますと、1コマあたりの授業時間と時間単価、従事すべき業務の内容を可能な限り具体的に明示すべきとしております(労基法15条、施行規則5条)。授業外の生徒からの質問、授業を延長した場合の支払いについても同様です。労働者の日ごとの労働時間を使用者が自ら現認してタイムカード等で客観的な記録をとるべきとしております(労基法32条)。また法定労働時間を超えて労働させた場合の時間外労働賃金や休日・深夜の場合の割増賃金の支払い(24条、26条、37条、最低賃金法4条)、休憩(34条)、年次有給休暇の付与(39条)などにも留意すべきとしております。
コメント
本件で日大三島高校は1コマ60分とし、授業時間に応じて賃金を支払い、授業時間以外の業務については支払っていなかったとされます。学校側は講師に払う賃金には授業だけでなく授業に付随する業務の対価も含むとしております。また同校は労働条件の明示義務違反もあったとされ労基署により是正勧告がなされました。「首都圏大学非常勤講師組合」は刑事告発も検討しているとされます。以上のようにコマ給制を採用している非常勤講師の場合でも当然に労働法令が適用されます。1コマ分の賃金に、授業に付随する業務全てについての対価も含まれると定めても、時間給に換算したら最低賃金を下回るといった場合には違法となると言えます。コマ給制を採用している場合には、これらも踏まえて自社の給与制度に問題が無いかを確認しておくことが重要と言えるでしょう。