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Q&Aで学ぶ英文契約書の基礎 第27回 -  Wordファイル交換による国際契約交渉

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  前回、クラウド上で契約を電子的に締結するサービスに関し海外における状況およびその法的有効性について解説しました。現在では、契約交渉も、Wordファイルを電子メールで交換しながら行うのが一般的だと思います。今回はこのWordファイル交換による国際契約の交渉について解説します。  

Q1: 私は法務部に配属されたばかりです。Wordファイル交換による契約交渉とは何ですか? 国際契約でも利用されていますか?

A2: 最初に契約当事者となるどちらかの企業の担当者(法務部員等)がMicrosoft社のWordで契約書案を作成し、これを電子メールに添付して相手方担当者に送信し、相手方担当者がそのWordに対し自社が希望する修正をした上その修正案をメールに添付して送り返すことにより行われる契約交渉です。これを最終的に両当事者が契約案の全体について合意に達するまで繰り返します。 私の経験では、この方法が、現在では国内契約でも国際契約でも契約交渉の一般的方法だと思います。

【解 説】

今まで企業法務の経験のない人であれば、「契約交渉」、それも国際契約の「契約交渉」と聞けば、現地で外国人と直接対面して契約交渉をしている場面を思い浮かべるかもしれません。しかし、それは、通常、契約交渉が双方の主張の違いで行き詰まり上記のような契約書案のやりとりでは打開できないような状況での交渉だと思われます。このような直接対面での交渉は一見効果的なようにも思われますが、一般的にはWord形式の契約書案のやりとりでの交渉の方が効果的と思われます。その理由は以下の通りです。 ① 契約書作成側の相手方からすれば、直接対面での場で短時間に見落としなく契約書案をレビューすることは困難である。 ② 仮に相手方担当者が経験豊富かつ有能で短時間のレビューが可能だとしても、その担当者に交渉の全権が与えられていなければ結局は自社に持ち帰ることになる。 ③ 日本の一般的な企業では、担当者が作成・修正した契約書案は、上司や担当ビジネス部門その他社内関係者の了解・稟議を要する。これを直接対面での場から行うことは現実的ではない。 ④ 英文契約について言えば、相手方が英米等企業等のネイティブの弁護士等である場合、ネイティブではない日本人が担当者である日本企業側が一方的に不利になる。  

Q2: 相手方から送られてきたのが紙の契約書案(またはPDFでパスワードがかかっていて変更不能)で、Word(パスワードがかかっていない修正可能なもの)を要求したのですが、相手方がすぐには応じません。契約の修正案を提示したいのですがどうしたらいいでしょうか?

A2: このような場合でも、通常、自社側で修正可能なWordファイルを作成し、修正案を作成することは可能です。

【解 説】

一つの方法として、紙の契約書案を一旦コピーマシン等でスキャンの上PDF化し、これを文字認識(OCR)機能のあるソフト(クラウドサービスまたは市販パッケージ)[1]でWordに変換する方法があります。ハードコピーの印刷品質が低くまたはフォントが小さいため変換後手直しが必要となることがありますが、時間はかかるものの通常はなんとかなると思います。PDFでパスワードがかかっている場合も一旦プリントアウトしてそれについて上記の処理をすれば足ります。 なお、パスワードがかかっていないPDFであれば、上記のようなソフトまたはWordの機能でWordに簡単に変換できます。[2] 最悪のケースでも、”Amendment to ○○ Agreement”(「○○契約変更契約書」)というような形で修正案を提案することはできます(これは、相手方がWordファイルを修正されると契約締結後に自社標準・ひな型条項からどこがどのように変更されたのかが分からないからと言っている場合にも有効です)。  

Q3: Wordファイル交換による契約交渉を行う場合、何か注意することはありますか?

A3: 自社側のスタンスとしては、毎回、前回の相手方契約書案からの自社の修正を、変更履歴を付けかつ修正(変更)理由をWordの「コメント挿入」機能を使い丁寧な説明を付けて返信することを推奨します。 以下にNon-Disclosure Agreement(秘密保持契約書)(NDA)の契約交渉を仮定したサンプルを示します。秘密情報の受領者が、秘密保持義務の例外として、法律上の義務に従い第三者(当局等)に開示することは開示者の同意なく可能という規定に関するものです。見にくいので以下に内容を示します。 (相手方提示の原案)
 

The Recipient may disclose Confidential Information to the extent required by law. However, the Recipient shall give the Discloser prompt notice to allow the Discloser a reasonable opportunity to obtain a protective order before that disclosure.

受領者は、法律で要求される範囲内において秘密情報を開示することができる。但し、受領者は、当該開示前に、開示者に対しその旨速やかに通知し、開示者が保護命令を得るための合理的な機会を与えなければならない。

(当方(XYZ Ltd.)修正案) - 下線部分(「もし、それが法律上許容されかつ合理的な場合」)を追加

The Recipient may disclose Information to the extent required by law. However, if it is permitted by law and reasonable, the Recipient will give the Discloser prompt notice to allow the Discloser a reasonable opportunity to obtain a protective order.

(当方(XYZ Ltd.)の修正理由の説明)(上のWordの右端のコメント欄の内容)

 

It will not be always permitted or practicable to give the Discloser prompt notice or to allow the Discloser an opportunity to obtain a protective order in the cases of

次のような場合には、開示者に対し当該開示を速やかに通知することまたは開示者に対し保護命令を得るための合理的な機会を与えることが常に許されまたは現実的とは限らない。

(i) investigations by government authorities of anti-monopoly, competition, fair trade, tax, labor or personal information protection, (ii) law enforcement or prosecution, (iii) court orders, (iv) requests by stock exchange or (v) discovery proceedings and so on.

(i) 政府当局による独占禁止、競争、公正取引、税務、労働、個人情報保護に関する調査、(ii) 捜査または訴追、(iii) 裁判所命令、(iv) 証券取引所からの要求または(v) 公判前開示手続(discovery)等

【解 説】

上記は、筆者が企業法務の現役時代に何度も経験したことを元にした仮想の例ですが(XYZ Ltd.側)、相手方企業は米国の巨大IT企業等でしたが、いつも受け入れられていました。これは、当方の主張が合理的であることの他、丁寧な説明をつけたからだと思います。相手方担当者(社内米国弁護士)としても、自身が納得できかつ上司等も十分説得できる理由がついていれば容易に受け入れられるということだと思います。 このように、自社の主張を相手方に受け入れさせるためには、その主張が合理的であることの他、十分納得できる主張理由を丁寧にすることが必要です。また、それが、契約交渉を早期に完了させ、かつ、契約の最終的内容としても合理的な内容とするための秘訣の一つだと思います。自社側が交渉上圧倒的に有利である場合を除き、単に見かけ上の有利不利に基づき十分な理由もつけずに交渉しても中々最終合意に到達できませんし、双方の労力および時間の無駄だと思います。   「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」第27回はここまでです。  

「Q&Aで学ぶ英文契約の基礎」シリーズ一覧

 [3]                  【注】 [1] 【OCR機能のあるソフトウェア】 筆者は「Acrobat Pro DC」というクラウドサービス(有償)を個人的に利用しています。筆者の経験では、これを利用すると、ハードコピーであってもハードコピーの印刷品質とフォントサイズが一定以上であればほぼ問題なくWordに変換できます。また、このサービスには前回言及したAdobe Sign の機能も含まれています。 [2] 【Wordの機能でのPDFからWordへの変換】 (参考) 「もし契約書案がPDF形式で送られてきたら?―それでも修正したい人の対応方法」 2019.09.13, GVA TECH(株) [3]

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【免責条項】

本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害等について当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては、自己責任の下、必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。 (*) このシリーズでは、読者の皆さんの疑問・質問等も反映しながら解説して行こうと考えています。もし、そのような疑問・質問がありましたら、以下のメールアドレスまでお寄せ下さい。全て反映することを保証することはできませんが、筆者の知識と能力の範囲内で可能な限り反映しようと思います。

review「AT」theunilaw.com(「AT」の部分をアットマークに置き換えてください。)

 
 

【筆者プロフィール】

浅井 敏雄 (あさい としお)

企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事

1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系・日本・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事、国際取引法学会会員、IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員、CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)

【発表論文・書籍一覧】

https://www.theunilaw2.com/

 

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