【目 次】 (各箇所をクリックすると該当箇所にジャンプします) |
Q1: 所有権の移転と危険負担に関する規定は?
A1: 以下に例を示します。例1は買主の立場から, 例2は売主の立場から作成された規定です。
(例1—買主の立場からの規定:前回第19回Q2の例1からの続き) 第5条(所有権および危険負担の移転) 1.本製品の所有権は, 検収時点で乙から甲に移転するものとする。但し, 特別採用の場合は甲乙間で当該本製品の引き取りに書面で合意した時点で移転するものとする。 2. 前項による所有権移転前に甲乙双方の責めに帰することができない事由によって本製品に生じた滅失, 損傷, 変質その他の損害は乙が負担し, その後に生じたこれら損害は甲が負担するものとする。 |
【解 説】
(第1項:所有権の移転時期)「所有権」とは, 有体物(動産・不動産)を自由に使用, 収益および処分をする権利(物権)(民法85, 206)であり, 民法上その移転は「当事者の意思表示[合意]のみによって[引渡・登記等は不要], その効力を生ずる」とされています(民法176)。量産品等の不特定物(当事者が個性を問わずに取引するもの)について当事者の合意がない場合は目的物が特定した時(例:売主が目的物を納入場所で買主に提供した時:民法401(2))に買主に所有権が移転します(昭和35年6月24日最高裁判決)。 現実の商品の売買では, 大きく分けて, ①引渡し(納入・受領)時点, ②受入検査を行う場合は受入検査時点, ③買主による代金支払完済時点のいずれかを合意する場合が多いと言えます。 上記規定例では本製品の所有権の移転時期を, 原則として検収(みなし検収を含む)時点, 特別採用の場合はそれに甲乙書面合意した時点で移転することとしています。(検収・特別採用については前回第19回Q1の例1参照) なお, ここで売主から買主に移転するのは有体物に該当する本製品の所有権です。本製品にコンピュータソフトウェアが含まれ, そのソフトウェアが何らかの媒体に記録・格納された上で納品される場合, その媒体(有体物)の所有権は本規定により乙から甲に移転されますが, そのソフトウェアの著作権等が移転するわけではありません。 (第2項:危険負担の移転時期)売買契約において「危険負担」(の問題)とは, 売買目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由(災害等)によって滅失等した場合, 買主は契約解除できる(すなわち売主が不利益=危険負担を負う)のか, それとも, 契約解除できず代金支払を拒否できない(すなわち買主が危険負担を負う)のかや, その危険負担が売主から買主に移転するのはいつの時点かなどに関する問題です。当事者間で別段の合意がない場合は, 民法により, 売買目的物の引渡し時点が危険負担の移転時点とされ, 引渡し後に滅失等が生じた場合には買主は契約解除できず代金支払も拒否できないとされています(民法567(1))。 上記規定例では, 危険負担の移転時期を所有権の移転時期と同じにしています。所有権という利益と危険負担という不利益の移転が同時である点では, 両当事者が納得し易いと思われます。
(例2—売主の立場からの規定:前回第19回Q2の例2からの続き) 第5条(所有権および危険負担の移転) 1.本製品の所有権は甲から乙に代金が完済された時に移転するものとする。 2.本製品に生じた滅失, 損傷, 変質その他の損害に関する危険負担は, 売主が設置義務を負う本製品についてはその受入検査完了時に, 売主が設置義務を負わない本製品についてはその納入時に, 売主から買主に移転するものとする。 |
Q2: 代金支払に関する規定は?
A2: 以下に例を示します。例1は上記Q1の例1の続き, 例2は同じく例2の続きという想定です。
(例1—買主の立場からの規定) 第6条(代金の支払) 1.甲が乙に支払うべき代金(本製品の価格および諸費用を含む。以下同じ)は, 該当する個別契約に定める通りとする。但し, 特別採用の場合は本製品の価格は甲乙間で書面で合意された引き取り価格とする。 2.甲は, 毎月末日までに受入検査に合格したまたは特別採用された本製品の代金および消費税額(地方消費税額を含む。以下同じ)を, 翌月末日までに乙が甲に事前に書面で届け出た銀行口座に全額振り込むことにより支払うものとする。 |
甲および乙は, 相手方に対し金銭債権を有する場合, 相手方に書面で通知することにより, いつでも, 当該債権と相手方に対する金銭債務とを, それらの弁済期を問わず, 対等額で相殺できるものとする。 |
但し, 甲は, 乙に本製品の製造に必要なものを有償支給した場合, 当該本製品に対する代金支払期限より早い時期に, 当該本製品代金の額から当該有償支給の対価を相殺し控除することはできない。 |
甲が代金の支払いを遅延した場合, その支払期限翌日から完済に至るまで年14.6%の割合による遅延損害金を乙に支払うものとする。 |
(例2—売主の立場からの規定) 第6条(代金の支払) 1.甲が乙に支払うべき代金(本製品の価格および送料・設置料金その他諸費用)は, 該当する個別契約に定める通りとする。 2.乙が設置義務を負う本製品については, 甲は, 毎月末日までに受入検査が完了した本製品の代金および消費税額(地方消費税額を含む。以下同じ)を, 翌月末日までに乙が甲に事前に書面で届け出た銀行口座(以下「振込口座」という)に全額振り込むことにより支払うものとする。 3.乙が設置義務を負わない本製品については, 甲は, 毎月末日までに納入された本製品の代金および消費税額を, 翌月末日までに振込口座に全額振り込むことにより支払うものとする。 |
Q3: コンピュータ取引に係る基本契約の例
A3: 以下に, 参考までに, 筆者が作成した基本契約のサンプルの内今回取り上げた項目を含む部分を示します。コンピュータメーカー(日本ABC)がその標準製品であるコンピュータ製品の取引のため作成したひな型という設定です。
第5条 所有権および危険負担の移転 1.本製品の所有権はお客様から日本ABCに代金が完済された時に移転するものとします。 2.本製品に生じた滅失, 損傷, 変質その他の損害に関する危険負担は, 日本ABCが設置義務を負う本製品についてはその受入検査完了時に, 日本ABCが設置義務を負わない本製品についてはその納入時に, 日本ABCからお客様に移転するものとします。
第6条 代金の支払 1.お客様が日本ABCに支払うべき代金(本製品の価格および送料・設置料金その他諸費用)は, 該当する個別契約に定める通りとします。 2.日本ABCが設置義務を負う本製品については, お客様は, 毎月末日までに受入検査が完了した本製品の代金および消費税額(地方消費税額を含む。以下同じ)を, 翌月末日までに日本ABCがお客様に事前に書面で届け出た銀行口座(以下「振込口座」という)に全額振り込むことにより支払うものとします。 3.日本ABCが設置義務を負わない本製品については, お客様は, 毎月末日までに納入された本製品の代金および消費税額を, 翌月末日までに振込口座に全額振り込むことにより支払うものとします。 |
【免責条項】
本コラムは筆者の経験にもとづく私見を含むものです。本コラムに関連し発生し得る一切の損害などについて当社および筆者は責任を負いません。実際の業務においては,自己責任の下,必要に応じ適宜弁護士のアドバイスを仰ぐなどしてご対応ください。
【筆者プロフィール】 浅井 敏雄 (あさい としお) 企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事 1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を日本・米系・仏系の三社で歴任。1998年弁理士試験合格 (現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際商事研究学会会員, 国際取引法学会会員, IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)【発表論文・書籍一覧】 |