はじめに
マクドナルドの元従業員の男性が達成困難な目標を課され退職を強要されたとして、解雇無効や慰謝料等を求めていた訴訟で名古屋地裁は先月26日、未払い賃金約61万円の支払いを命じました。同社の変形労働時間制を無効と判断したとのことです。今回は変形労働時間制の要件について見ていきます。
事案の概要
報道などによりますと、原告の男性は2016年11月、過労による急性心筋梗塞で倒れ、手術を受け、医師の「6ヶ月は過労を避けて」との意見書を会社に提出したとされます。しかしその後も連日の深夜勤務もあり翌年8月に再手術をし、また目標達成困難な業績改善計画を課され退職とされたとのことです。同社では1ヶ月単位で勤務シフトが変わる変形労働時間制を採用しており、また店舗ごとにシフトが異なるにもかかわらずそれら全てのシフトは就業規則には定められていなかったとされます。会社側は全店舗864店舗に共通するシフトを設定することは不可能であり、各店舗のシフトは就業規則に準じていると反論しておりました。
変形労働時間制とは
変形労働時間制とは、労働時間を1日単位ではなく、月または年単位で計算する労働時間制度を言います(労基法32条の2)。労働基準法では、通常1日8時間、週40時間が法定労働時間となっており(32条)、それを超える労働が時間外労働となります。しかし企業によっては繁忙期と閑散期で必要な仕事量が大きく異なる場合があり、繁忙期には大幅に時間外労働が増加することになります。そこで変形労働時間制を導入した場合、月単位または年単位で労働時間を監理することができます。たとえば28日(4週)で法定労働時間を160時間とし、労働者の合計労働時間がそれを超えている部分について時間外労働と扱うことが可能です。つまりその範囲内で柔軟なシフトを組むことができるということです。
変形労働時間制の導入
変形労働時間制を採用するには、(1)対象労働者の範囲、(2)対象期間の起算日、(3)労働日および労働日ごとの労働時間、(4)労使協定の有効期間を労使協定または就業規則などに定める必要があります。法令上、対象労働者の範囲に制限はありませんが、その範囲は明確に定める必要があるとされます。対象期間と起算日は例えば「毎月1日を起算日とし、1ヶ月を平均して1週間あたり40時間とする」といった定め方です。そして例えば「1日から24日は午前9時始業、午後5時終業、25日から月末まで午前8時始業、午後7時終業」といった労働日ごとの所定労働時間を定める必要があります。なお年単位での変形労働時間制を導入する場合は、対象期間を1ヶ月を超えて1年以内とし、対象期間を平均し、1週あたりの労働時間が40時間を超えない範囲内で1日10時間、1週52時間以内、連続労働日数6日以内で労働日ごとの労働時間を特定する必要があります。また年単位の場合は所轄労基署に届け出る必要があります。
類似の制度
変形労働時間制と類似する制度としてフレックスタイム制と裁量労働制があります。フレックスタイム制とは、一定の期間についてあらかじめ定めた総労働時間の範囲内で、労働者が日々始業・終業時刻、労働時間を自ら決めることのできる制度です。フレックスタイム制では1日の労働時間が労働者に委ねられていることから、通常1月単位で精算し、法定労働時間を超えた部分が時間外労働となります。これに対し裁量労働制とは、実際に労働した時間にかかわらず、予め契約で定めた労働時間働いたことにする制度です。そのため原則として時間外労働というものが存在せず時間外割増賃金も発生しません。ただし深夜労働と休日労働に関する割増賃金は通常の場合と同様に発生することになります。また時間外労働部分についてのみ予め定めた時間労働したものとみなす、みなし残業制度というものも存在します。
コメント
本件で日本マクドナルドは、1ヶ月単位での変形労働時間制を導入しておりました。しかし同社の店舗数は全国864店舗と非常に多く、各店舗でシフトが異なるため就業規則でその全てのシフトについては記載がなされておりませんでした。これに対し名古屋地裁は、就業規則で定めていない店舗独自の勤務シフトは労働基準法の要件を満たしておらず無効とし、事業規模によって例外が認められるものではないとしました。原告代理人は、変形労働時間制が無効とされたのは画期的で全国の店舗に波及する問題としております。以上のように変形労働時間制を導入すると、繁忙期と閑散期で1日のシフトを変えることができ、残業代もそれに合わせる形となります。しかし今回の判例にもあるように、店舗や事業場ごとにシフトを変える場合は全てのシフトを就業規則等で定める必要があり、定まっていない場合は無効となります。これらの点を踏まえ、自社に適した労働時間制の選択と、その手続を正確に把握しておくことが重要と言えるでしょう。