はじめに
虚偽の届け出で会社の社長が交代する登記をさせたとして、別の会社の役員ら6人が警視庁に逮捕されていたことがわかりました。法務局からの通知で発覚したとのことです。今回は役員に関する登記と乗っ取り防止について見ていきます。
事件の概要
朝日新聞の報道によりますと、逮捕された男女6人は共謀して今年6月に不動産会社「ユナイテッド」(新宿区)の社長が交代したとする株主総会議事録を法務局に提出して登記内容を書き換えさせた疑いがあるとされます。しかし実際には株主総会は開催されておらず、それまで同社の社長であった女性に法務局から解任についての通知がなされて事件が発覚したとのことです。同社の韓国にある子会社「三和貸付」は金融資産と貸付金で計約1千億円の資産を保有しているとされ、容疑者らは親会社社長の立場で三和貸付の役員交代を目的とする株主総会の招集請求をしていたとされております。新宿署はこれらの金融資産を狙った犯行と見ているとのことです。
役員選任と登記
取締役や監査役などの会社役員は株主総会決議によって選任されます(会社法329条1項)。この際の決議は普通決議とされ、議決権の過半数を有する株主が出席し、そのうちの過半数の賛成が必要となります(309条1項)。本来普通決議の定足数は定款で排除できますが、この役員選任に関する普通決議については定足数を3分の1までしか下げることはできません(341条)。そしてこれは役員を解任する場合も同様です。ただし監査役を解任する場合は出席株主の議決権の3分の2の賛成を要する特別決議となります(343条4項、309条2項7号)。そして役員の選任や解任があった場合、その日から2週間以内にその旨の登記をする必要があります(915条1項)。この登記を怠ると100万円以下の過料となる場合があります(976条1号)。不動産登記と異なり、商業登記は原則として義務とされ、所定の期間内に登記しなくてはならないということです。
虚偽の登記
これら役員変更の登記申請に際しては、株主総会議事録や株主リスト、就任承諾書、本人確認書類などを添付することになりますが、これらを偽造して虚偽の登記がなされることもありえます。法務局は基本的に提出された書類が適式に揃っていれば登記を行うことになっており、登記官の審査で完全に防ぐことは難しいと言えます。しかし虚偽の登記は犯罪であり、公正証書原本等不実記載・記録の罪に該当し、5年以下の懲役または50万円以下の罰金が規定されております(刑法157条1項)。公正証書原本とは、登記簿、戸籍簿、住民票、公証人作成の公正証書などの国民の権利・義務に関する記録を指します。このように本来公務員が作成する公文書等について、私人の申告により虚偽の内容が記載されることを防ぐための規定となっております。なお本罪は未遂の場合も罰せられることになります(157条3項)。
会社乗っ取り防止の規定
上記のように第三者によって虚偽の登記がなされ、知らない間に社長が交代させられて、会社が乗っ取られるといった事態もありえます。そこで商業登記実務ではそういった登記を防ぐための規定がいくつか設けられております。まず代表取締役または代表執行役を改選する取締役会の議事録には出席取締役・監査役が実印を押印した上で印鑑証明書を添付することが求められております(商業登記規則61条6項)。株主総会で選解任した場合の株主総会議事録も同様です。ただし変更前の代表取締役が出席して法務局に届けている印を押印した場合は他の役員の印鑑証明書は省略できます。また法務局に会社の役員全員を解任する内容の登記申請がなされた場合、登記完了後に法務局から会社の本店宛にその旨を通知する書面が送付されます。以前は申請があった時点で通知がなされておりましたが、令和2年3月の法務省通達により登記完了後の通知に変更されました。このように登記実務上、会社乗っ取り防止のための一定の措置が採られております。
コメント
本件で逮捕された男女6人は、ユナイテッドの社長等が解任されたとする虚偽の内容の株主総会議事録を偽造して、犯行グループの数人が新たに社長や役員に就任した旨の登記を行った疑いが持たれております。同社の韓国内の子会社の資産を狙い会社の乗っ取りを企てたものと見られております。同社の本来の社長に法務局から通知が届いたことで発覚したとされます。以上のように商業登記では役員や代表取締役の変更に際しては一定の書面や、印鑑証明の添付を求めるなど申請書類の真正の担保が図られております。しかし本件のように文書自体を偽造された場合、申請が通ってしまうこともありえます。規模の小さい同族会社では特にその危険が大きいと言えます。会社や役員の印鑑等に関する情報は厳重に管理し、会社の登記には普段から注意を払っていくことが重要と言えるでしょう。