第34回からソフトウェア開発委託契約について具体的な条項を提示した上解説してきました。[1] 今回は、その最終回で、以下の目次のQ22~Q29の知的財産権の侵害に対する責任/個人情報の取扱い/秘密保持並びに資料等の利用目的及び返還/解除及び期限の利益喪失/反社会的勢力の排除/損害賠償/その他一般条項/契約書末尾に関する規定例を提示しその内容を解説します。また、今回が最後ですので、このソフトウェア開発委託基本契約とその個別契約のひな型の全文をこちらからダウンロードできるようにしました。
【目 次】 Q1:本契約で対象とするソフトウェア開発委託 Q2:契約名称・前文 Q3:目的及び個別契約 (以上第34回) Q4:定 義 Q5:仕様確定支援業務(準委任業務)の個別契約例 Q6:仕様確定支援業務の実施 Q7:仕様確定支援業務に係る業務終了報告書の提出・確認 Q8:仕様確定支援業務に係る委託料及び費用負担 Q9:仕様の確定 (以上第35回) Q10:開発請負業務(請負業務)の個別契約例 Q11:開発請負業務の実施 Q12:本件ソフトウェアその他納入物の納入・検収 Q13:開発請負業務に係る委託料及び費用負担 Q14:契約不適合責任 Q15:仕様の変更 (以上第36回) Q16:再委託 Q17:業務責任者及び業務従事者 Q18:協 議 Q19:納入物等の所有権及び危険負担 Q20:納入物等の特許権等 (以上第37回) Q21:納入物等の著作権 (以上第38回) Q22:知的財産権の侵害に対する責任 Q23:個人情報の取扱い Q24:秘密保持並びに資料等の利用目的及び返還 Q25:解除及び期限の利益喪失 Q26:反社会的勢力の排除 Q27:損害賠償 Q28:その他一般条項 Q29:契約書末尾 (以上今回第39回) |
Q22:知的財産権の侵害に対する責任
A22:以下に規定例を示します。なお、以下、契約規定例中に、強調又は解説の便宜上、下線を引いている箇所があります。また、契約規定例中、「甲」=ユーザ(ソフトウェア開発委託者)、「乙」=ベンダ(ソフトウェア開発受託者)です。
第18条 (知的財産権の侵害に対する責任) 1. 納入物等が第三者の日本国内における特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、営業秘密に関する権利その他知的財産権(以下総称して「知的財産権」という)を侵害するとして、第三者が甲に対し使用差止、損害賠償等の請求(訴訟を含む。以下「侵害請求」という)をした場合には、乙は、その費用負担で侵害請求に対して防御し、また、当該第三者に対し最終的に認められた損害賠償金又は和解金額を支払うものとする。但し、この防御及び支払は、甲が遅滞なく乙に侵害請求につき通知すること、甲が必要かつ合理的範囲内の情報と援助を乙に提供すること、並びに甲が当該防御及び和解について実質的な参加の機会及び全ての実質的決定権限を乙に与えることを条件とする。 2. 乙は、侵害請求に関し必要と判断した場合には、乙の費用負担で、甲のために、納入物等の継続使用権を確保するか、又は、侵害回避のため納入物等を修補するものとする。但し、これらの措置が合理的に見てとり得ない場合、乙は、納入物等と交換に、当該納入物等に係る個別契約に定める委託料の額から減価償却費相当額を差し引いた金額を甲に償還するものとする。 3. 乙は、以下のいずれかに起因する侵害請求については何らの責任も負わないものとする。 (1) 納入物等と他の製品との組み合せ(但し、乙が納入物等とともに供給した他の製品との組み合わせ、及び乙が行った他の製品との組み合わせを除く) (2) 納入物等に関し、甲の提供したものの性質若しくは甲の与えた指図(但し、乙がそのもの又は指図が不適当であることを知りながら告げなかった場合を除く)その他甲の責めに帰すべき事由 4. 侵害請求に関し、第1項に基づき乙が負担することとなる費用その他の損害以外に甲に生じた損害については、第23条(損害賠償)の規定によるものとする。 |
【解 説】
【第1項】 「日本国内における」: 特許権、商標権等は各国ごとに独立して成立します(パリ条約第4条の2、第6条)。従って、ベンダ(乙)が日本国内における第三者の権利の非侵害を調査の上確認したとしても、納入物等が外国に輸出され使用された場合には、その外国における第三者の特許権等を侵害してしまうということはあり得ます。ベンダとしては、一般的には日本国内で使用されるという前提で納入物等を提供しているので日本国内での侵害については責任を負うが、仮に、ユーザ(甲)が納入物等を外国に輸出するのであれば、ユーザが自らの責任・費用でその外国での非侵害を予め調査・確認しておくべきものと期待するものと思われ、それは妥当な期待であると思われます。そこで、本規定例では、「日本国内における」特許権等に限定しています。 なお、「日本国内における」との限定がなく、単に「第三者の特許権...」等と規定した場合には、それが日本国内の権利に限定されているのか否かが争われるおそれがあります。 なお、いずれの国でも、著作権については他人の著作物への依拠性がない限り、また、営業秘密(トレードシークレット)に関する権利については他人の営業秘密の不正取得等がない限り、侵害は生じません。従って、これらの権利については、ユーザがベンダに世界中での責任を要求しても不合理ではないと思われます(但し、ベンダが、外国での利用を想定していないことや、外国で防御する労力・費用等を理由に拒絶する可能性はあります)。 「乙は、その費用負担で当該請求に対して防御し、また、当該第三者に対し最終的に認められた損害賠償金を支払うものとする」:これは、第三者からの侵害請求に対し、乙が実質的に主体となりその費用(技術的調査・解析・侵害成否判定費用、弁護士費用、訴訟費用等)を負担し防御活動(非侵害の主張立証)を行い、かつ、仮に、最終的に敗訴判決が確定した場合又は第三者と和解解決した場合にはその判決・和解で確定した損害賠償金額又は和解金額を乙が負担するという意味です。 このようにベンダが自ら進んで防御・対応の主体となる理由は、一般的にはユーザよりもベンダ(開発者)の方が納入物等の技術的内容を理解しており、従って、より的確に防御・対応できること、ユーザが不適切な判断に基づき第三者に不要な支払いをしその額をベンダに求償・転嫁することを防止すること等です。 「実質的な参加の機会」:ベンダは第三者が既にユーザに対し訴訟提起していれば、民事訴訟法上、「訴訟の結果について利害関係を有する第三者」として、当事者の一方(ユーザ)を補助するため、その訴訟に参加し(42)、当該訴訟について、攻撃又は防御の方法の提出等の訴訟行為をすることができます(45)。また、ユーザは、同法53条によりベンダに訴訟告知して参加を促すことができます(不参加でも参加したとみなされ敗訴判決の効力が一定範囲で及ぶ:53(4))。但し、訴訟提起前の第三者との交渉段階ではこのような制度がないので、ベンダには「実質的な」参加の機会等が必要です。 (ベンダの負担金額に限度を設定することの是非) 時としてベンダが負担すべき防御・対応費用および損害賠償・和解金額に限度額を設けている条項を見ることがあります。しかし、これでは、ベンダ側が訴訟対応の全権を持ちながら、敗訴した結果である損害賠償金の限度額超過分を、訴訟対応に関与できなかったユーザ側に負担させることになり、その妥当性・法的有効性に疑問があります。一般的には、上記規定例のようにベンダが全額負担とします。 (防御および支払の前提条件:ユーザの通知・協力・全権付与義務) 上記規定例では、ベンダの防御および支払義務が、①ユーザが遅滞なくベンダに侵害請求につき通知すること、②ユーザが必要かつ合理的範囲内の情報と援助をベンダに提供すること、および、③ユーザが当該防御および和解について実質的な参加の機会および全ての実質的決定権限をベンダに与えることを条件としています。ベンダとしては、これらが一つでも欠ければ、適切な防御・和解を行うことができず、また、これらが欠けているにもかかわらず、その結果としての損害賠償金・和解金を負担させられることは不合理だからです。 これに対し、ユーザ側から、(i)ユーザが防御・解決の全権を持つこと(若しくは防御・解決の内容・方法の決定にユーザの同意を要すること)、又は、(ii)防御・解決の内容・方法の決定上ユーザの意見を十分考慮することを要求する場合があります。これに対し、ベンダとしては、(i)については、上記の理由から拒否、(ii)については検討・受入可能(但し、最終決定権はベンダにあること)ということになるでしょう。 但し、ベンダよりもユーザの方が知的財産権の侵害事件への対応能力がある場合(例:ベンダが知財部門もない小企業、ユーザが強力な知財部門を有する大企業の場合や、ユーザがベンダに技術仕様を指示して本件ソフトウェアを製造させた場合)は、(i)を受入れてもいいでしょう。 【第2項】 本項は、ベンダが侵害請求への対応過程で侵害の可能性が高いと判断した場合、ベンダの費用負担で、第三者から納入物等の継続使用権(ライセンス)を確保し、又は、納入物等を侵害のないものと交換し若しくは侵害が解消するよう修正改変できるようにするための規定です。但し、これらの措置が、第三者がライセンスに応じない、侵害を回避しようとすればソフトウェアの機能等が大幅に損なわれる等、合理的に見てとり得ない場合は、納入物等と交換に、当該納入物等に係る個別契約に定める委託料の額から減価償却費相当額を差し引いた金額をユーザに返金するものとしています。原価償却費の控除は、ユーザはその時点まで原価償却費に相当するソフトウェアの使用利益を得ていた筈なのでその額は控除すべきだという考えに基づきます。これら、ライセンス取得・交換改変・返金引取りにより少なくとも以後の侵害を回避できます。 これに対し、ユーザから、(i)継続使用権の取得のみに限定することを求められる場合があります。ベンダとしては、ライセンスを取得できないか又はその取得費用が不合理に高額となる可能性があることを理由にこれを拒否することになるでしょう。 「原価償却費の控除」については、ユーザ側からは、減価償却の期間・方法(定額法・定率法)の明記、委託料全額の返還の要求が考えられます。これらについては、ベンダとしても検討の余地があるでしょう。 【第3項】 本項(1):納入物等と他のソフトウェアの組合わせに関し、その組合わせ自体に特許性があるため、第三者が特許を有している場合(例:いわゆる「システム特許」:複数の要素が全体として特定の機能を発揮するシステムの特許)を想定し、その場合には、納入物等自体は問題はないので、ベンダの責任はないことを規定しています。但し、ベンダが納入物等とともに供給した他のソフトウェアとの組み合わせ、又は、ベンダが納入物等と他のソフトウェアを組み合わせた場合を除きます。 本項(2):契約不適合に関する民法636条[2]及び562条2項[3](民法559条で請負に準用)と同趣旨のユーザ側に帰責事由がある場合の乙の責任の制限に関する規定です。「甲の与えた指図」には仕様に関する指示も含まれ、「その他甲の責めに帰すべき事由」には、ユーザによる、ベンダが承認していない改変等も含まれます。 【第三者の知的財産権侵害が問題となる可能性】 本件ソフトウェアがユーザの純粋な社内システムである場合には、その技術的構成が公になりその他権利者である第三者の知るところになり、当該第三者からの侵害請求がなされ、その結果本条が適用されることとなる可能性は低いと言えます。従って、この場合、この条項の重要性は低く、あえて、深刻な争点とする必要はないかもしれません。 一方、本件ソフトウェアがユーザからその製品として一般に提供される場合、又はユーザが本件ソフトウェアを用いたクラウドサービス等を一般に提供する場合には、本件ソフトウェアの技術的構成が権利者である第三者の知るところになり、当該第三者からの侵害請求がなされ、その結果本条が適用される可能性は高くなり、この条項の重要性は高くなると思われます。 なお、以下に、ベンダよりもユーザの方が知的財産権の侵害事件への対応能力があり、【ユーザが防御・解決を行い、ベンダがその費用等を負担する場合の規定例】を示します。
第18条 (知的財産権の侵害に対する責任) 1. 納入物等が第三者の日本国内における特許権、実用新案権、意匠権、商標権、著作権、営業秘密に関する権利その他知的財産権(以下総称して「知的財産権」という)を侵害するとして、第三者が甲に対し使用差止、損害賠償等の請求(訴訟を含む。以下「侵害請求」という)をし、かつ、当該第三者に対し最終的に損害賠償金又は和解金額の支払いが認められた場合には、乙は、第23条(損害賠償)に定める金額を限度として、甲が負担した当該損害賠償金又は和解金額、当該納入物等の継続使用権確保費用、及びその他甲が侵害請求に関し負担した費用(弁護士費用を含む)であって合理的範囲内のものを賠償するものとする。但し、この損害賠償は、甲が遅滞なく乙に侵害請求につき通知すること、甲が当該侵害請求についての防御及び和解に関し乙に十分な意見提出及び協力の機会を与えること、並びにそのために甲が必要かつ合理的範囲内の情報を乙に提供することを条件とする。 2. 乙は、侵害請求に関し必要と判断した場合には、乙の費用負担で、甲のために、納入物等の継続使用権を確保するか、若しくは侵害回避のため納入物等を修正するか、又は甲が書面で承諾した場合には納入物等と交換に、当該納入物等に係る個別契約に定める委託料の額から減価償却費相当額を差し引いた金額を甲に償還することができるものとする。 3. 乙は、以下のいずれかに起因する侵害請求については何らの責任も負わないものとする。 (1) 納入物等と他の製品との組み合せ(但し、乙が納入物等とともに供給した他の製品との組み合わせ、及び乙が行った他の製品との組み合わせを除く) (2) 納入物等に関し、甲の提供したものの性質若しくは甲の与えた指図(但し、乙がそのもの又は指図が不適当であることを知りながら告げなかった場合を除く)その他甲の責めに帰すべき事由 |
Q23:個人情報の取扱い
A23:以下に規定例を示します。
第19条 (個人情報の取扱い) 1. 乙は、本件業務遂行上甲から開示または提供された個人情報を取扱う場合、当該個人情報の漏えい、滅失又は毀損の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない。この場合において、当該安全管理措置、及び乙における個人情報の取扱状況を甲が把握するための措置等に関して甲乙間に契約書その他書面による合意があるときは、乙は、当該合意に従い個人情報を取扱わなければならない。 2. 乙は、本件業務遂行上甲から開示または提供された個人情報を取扱う場合、当該個人情報について、第12条(再委託)に従い事前に甲が承諾しない限り、その取扱いを第三者に委託してはならない。 |
【解 説】
本条は、「(乙が)本件業務遂行上甲から開示または提供された個人情報」に関する規定で、これには、甲が本件業務の一部として個人情報の取扱いを乙に委託する場合や、人事管理(又は顧客管理)システムの開発請負業務遂行上乙が開発中のソフトウェアをテストするため、甲社員の情報(又は甲の顧客の情報)にアクセスする場合等における個人情報が含まれます。 本条は、個人情報保護法23条(安全管理措置)・25条(委託先の監督)の規定内容、及び同法25条に関し個情委「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(2022年9月一部改正)「3-4-4 委託先の監督(法第25条関係)」に「委託契約には、......委託先における委託された個人データの取扱状況を委託元が合理的に把握することを盛り込むことが望ましい」との記載があることを踏まえて規定しています。— 【「モデル契約」】「モデル契約」42条では、規定対象を個人データ及びこれと同等の安全管理措置を甲乙合意した個人情報に限定し、また、甲に対し、当該個人情報である旨の明示及び匿名化をした上での提供義務を課しています。しかし、これは、ユーザ(委託者)に一律に課すにはやや加重な義務で、本当に必要であれば、本契約では別途第1項の書面合意の中で定めればよいと思われるので、本契約では規定していません。Q24:秘密保持並びに資料等の利用目的及び返還
A24:以下に規定例を示します。
第20条 (秘密保持並びに資料等の利用目的及び返還) 1. 甲及び乙は、本契約及び個別契約の存在及び内容、並びに本契約及び個別契約の履行上知り得た相手方の技術上又は営業上その他業務上の情報(以下「秘密情報」という)を、相手方の事前同意がない限り、本契約及び個別契約の履行のためにのみ使用し、かつ、第三者に開示又は漏洩しないものとする。但し、次の各号のいずれかに該当する情報は秘密情報に該当しないものとする。 (1) それを知った時点で、既に適法に知得していたか若しくは公知となっていた情報、又はその後、自己の責めによらず公知となった情報 (2) 相手方の秘密情報によらず独自に開発又は作成した情報 (3) 第三者から秘密保持義務を負うことなく適法に入手した情報 2. 前項に定める義務は、書面で別段の合意をした場合を除き、各秘密情報を知った時から3年間存続するものとする。 3. 甲及び乙は、相手方に、秘密情報を、書面その他の有体物を提供することにより開示する場合には、当該有体物の上に秘密情報である旨を表示するものとし、口頭、その他有体物の提供以外の形態で開示する場合には、開示前又は開示の際に適切な方法で当該情報が秘密情報である旨を相手方に明示するものとする。 4. 甲及び乙は、相手方から開示を受けた秘密情報の使用目的を達成した場合、秘密情報の使用の必要性が失われた場合、又は相手方からの要求があった場合には、速やかに当該秘密情報を含む資料、物品等、及びそれらの複製物について、相手方の指示に従いその返還、削除・消去その他の措置をとるものとする。 5. 乙は、個人情報及び秘密情報以外のものであって本件業務に関連し甲から提供された資料、物品、場所等を、甲の書面による事前同意がない限り、本契約及び個別契約の履行並びにその提供の目的のためにのみ利用するものとする。前項の規定は、当該資料、物品、場所等に準用する。 |
【解 説】
【第1項~第4項】 本QAシリーズの第11回・第12回の解説をこちらから参照して下さい。 なお、「モデル契約」(41条)では、口頭開示情報については、「口頭により秘密である旨を示して開示した情報で開示後○日以内に書面により内容を特定した情報」でなければ、「秘密情報」とされませんが、それでは、特にユーザからベンダへの必要情報の円滑な提供に支障があると思われるので、本契約(第3項)では、秘密情報である旨の口頭での明示で足るものとしています。 【第5項】 本項では、個人情報及び秘密情報以外のもので乙が本件業務に関連し甲から提供された資料、物品、場所等の返還に関し、その目的制限を明記するとともに、その返還等について第4項の秘密情報の返還の規定を準用しています。「モデル契約」では、これら資料の提供等に関し、独立した条項(第39条)を設けて規定していますが、本契約では、資料等の提供自体については本契約及び個別契約の他の箇所でカバーしていることから、利用目的制限及び返還等に限定して本項を設けています。Q25:解除及び期限の利益喪失
A25:以下に規定例を示します。
第21条 (解除及び期限の利益喪失) 1. 甲又は乙は、相手方が次の各号の一に該当した場合、何ら催告をすることなく、直ちに本契約又は個別契約の全部又は一部を解除できるものとする。 (1) 本契約又は個別契約に違反し、かつ、当該違反状態が相手方からの通知後30日以内に是正されない場合(但し、第10条第6項に規定する場合を除く) (2) 監督官庁より営業の許可取消し、停止等の処分を受けた場合 (3) 手形又は小切手が不渡りとなった場合、支払停止があった場合又は支払不能状態となった場合 (4) 差押え、仮差押え又は競売の申立てがあった場合 (5) 公租公課の滞納処分を受けた場合 (6) 破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始又は特別清算開始の申立てがあった場合 (7) 解散の決議があった場合。 (8) その他信用状態が著しく悪化し又は本契約又は個別契約を継続し難い事由が発生した場合。 2. 甲又は乙は、自己が前項各号の一に該当した場合、相手方からの通知催告がなくても当然かつ直ちに相手方に対する一切の債務につき期限の利益を失い、直ちに相手方に弁済しなければならない。 |
【解 説】
本QAシリーズの第10回の解説をこちらから参照して下さい。Q26:反社会的勢力の排除
A26:以下に規定例を示します。
第22条 (反社会的勢力の排除) 1. 甲及び乙は、相手方に対し、自己、自己の役員その他自己の経営に実質的に関与している者又は代理人が、現在及び将来にわたって、次の各号のいずれにも該当しないことを表明し確約する。 (1) 暴力団、暴力団員、暴力団員でなくなったときから5年を経過しない者、暴力団準構成員、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標榜ゴロ、特殊知能暴力集団、その他これらに準ずる者(以下総称して「反社会的勢力」という)であること (2) 反社会的勢力が実質的に経営を支配し又はこれに関与していること (3) 自己又は第三者の不正の利益を図る目的又は第三者に損害を加える目的をもって不当に反社会的勢力を利用していること (4) 反社会的勢力に資金等を提供し、又は便宜を供与する等、反社会的勢力の維持、運営に協力し又は関与していること (5) 反社会的勢力に自己の名義を利用させ本契約又は個別契約を締結するものであること (6) 前各号の他、反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係にあること 2. 甲及び乙は、自ら又は第三者を利用して次の各号の一にでも該当する行為を行わないことを確約する。 (1) 暴力的な要求行為 (2) 法的な責任を超えた不当な要求行為 (3) 取引に関して脅迫的な言動を行い又は暴力を用いる行為 (4) 風説を流布し、偽計若しくは威力を用いて相手方の信用を毀損し、又は相手方の業務を妨害する行為 (5) その他前各号に準ずる行為 3. 甲及び乙は、相手方が本条第1項又は前項に違反した場合には、何ら催告をすることなく、直ちに本契約及び個別契約を解除できるものとする。 4. 甲及び乙は、前項により本契約及び個別契約を解除した場合、これにより相手方又は第三者に生じた損害について何らの責任も負わないものとする。 |
【解 説】
本QAシリーズの第13回の解説をこちらから参照して下さい。 「モデル契約」では、両当事者とも大手企業であることを前提とするせいか、反社会的勢力の排除に関する条項はありません。しかし、本契約では、そのような前提ではないので、この条項を設けています。Q27:損害賠償
A27:以下に規定例を示します。
第23条 (損害賠償) 1. 甲及び乙は、本契約及び個別契約の履行に関し、相手方の責めに帰すべき事由により損害を蒙った場合、相手方に対して、その損害の賠償を請求することができるものとする。但し、この請求は、債務不履行(契約不適合責任を含む)、不当利得、不法行為その他請求原因を問わず、その損害の賠償を請求する原因となった個別契約に係る業務終了確認日又は納入物の検収日から1年間が経過した後は行うことができないものとする。 2. 前項により甲又は乙が損害賠償義務を負う場合、賠償すべき損害は、前項に定める請求原因を問わず、自己の責めに帰すべき事由によって通常生ずべき損害に限り、かつ、当該損害賠償の累計総額は、当該損害発生の原因となった個別契約の委託料総額を限度とする。甲及び乙は、如何なる場合も、特別の事情によって生じた損害及び逸失利益については、責任を負わないものとする。 3. 前項は、甲又は乙の故意又は重大な過失により生じた損害については適用しないものとする。 |
【解 説】
【第1項本文】民法415条に定める債務不履行による損害賠償請求と同様、相手方の「責めに帰すべき事由」による損害であることを損害請求の条件としました。 【第1項但書】「モデル契約」(53条)を参考にしました。但し、「モデル契約」では期間は「○ヶ月間」とされていて特定されていないところ、上記では、損害賠償請求の期間的制限について、契約不適合責任の期間に合わせ「業務終了確認日又は納入物の検収日から1年間」としました。従って、準委任業務である仕様確定支援業務に係る善管注意義務違反の責任についてもこの1年間となります。 【第2項】賠償の範囲を通常損害に限定し、賠償の累計総額(損害が何件も生じればその累計の総額)は関係の各個別契約(両個別契約ではない)の委託料総額を限度としました。なお、逸失利益が通常損害に含まれる場合もあり得ると思われので、逸失利益も別途除外しています。なお、「通常損害」、「特別損害」という言葉でも問題はないと思いますが、念のため、民法416条(損害賠償の範囲)の通り「通常生ずべき損害」、「特別の事情によって生じた損害」の用語を用いています。 なお、賠償の範囲を「現実に蒙った通常かつ直接の損害」に限定する場合もありますが、「現実に蒙った」損害及び「直接の損害」の意味は不明確(第16回Q4参照)でそのような損害に限定しても意味があるかも不明なので、本契約では使用していません。 「当該損害発生の原因となった個別契約の委託料総額を限度とする」は、ユーザの立場からは、「本契約に基づき締結された全ての個別契約の委託料合計額を限度とする」と変更して、両個別契約の委託料総額を限度とすることも考えられます。 (ソフトウェア開発における損害賠償額の限度額設定等の理由)「情報処理システムの開発に当たっては、作成したプログラムに不具合が生じることは不可避」と言われ[6]、バグを含む不具合は、ベンダが相当の努力をしても発生することがあります。この場合、ソフトウェアの用途等(例:公共輸送機関のシステム、金融システム)によっては、その不具合の結果、莫大な損害(逸失利益を含む)が生じ、しかもそれはベンダが予見すべきものであって通常損害又は特別損害に該当する可能性があります。このような場合に、ベンダがその全ての損害の負担義務を負うのでは、ベンダとしてそのソフトウェアの開発を請け負うことはできない(そのリスクを請負金額に反映させることも非現実的)ということになります。従って、特に、ソフトウェア開発では、ベンダが、損害賠償額の上限や逸失利益の除外を要求することが多いと言えます。 【第3項】「モデル契約」を参考にしました。「モデル契約」(p. 145)によれば、「損害発生の原因が故意による場合には、判例では免責・責任制限に関する条項は無効となるものと考えられているし、重過失の場合にも同様に無効とするのが、支配的な考え方になっていることから設けられる規定である」と説明されています。Q28:その他一般条項
A28:以下に規定例を示します。
第24条 (一般条項) 1. 甲及び乙は、各国の輸出管理又は経済・貿易制裁若しくは制限に関連するものを含め(但し、これに限らない)、適用ある各国の法令又は行政機関若しくは司法機関の命令を遵守しなければならない。 2. 甲及び乙は、自己が合理的に管理できない事由により生じた義務の履行遅延と不履行については、その責を免れるものとする。 3. 甲及び乙は、相手方の書面による事前の承諾なくして、本契約及び個別契約に基づく権利又は義務を他に譲渡し又は担保に供してはならないものとする。 4. 本契約及び個別契約は、本契約及び個別契約で規定する事項に関する甲乙間の合意の全てを規定したものとし、両者の書面による合意のない限り、他のいかなる契約条件にも優先するものとする。 5. 甲乙間に本契約又は個別契約の解釈その他につき疑義又は紛争が生じた場合には、両当事者は誠意をもって協議し解決に努めるものとする。 6. 本契約及び個別契約に関する甲乙間の訴訟については、東京地方裁判所を第一審の専属管轄裁判所とするものとする。 |
【解 説】
【第1項】 「モデル契約」(54条)では、甲(ユーザ)が乙(ベンダ)から納入された納入物を輸出する場合に限定し、ユーザの輸出関連法令遵守義務のみ規定しています。 本契約では、日本の外為法、米国の「輸出管理規則」(EAR)を始めとする各国の輸出管理法令、及び米国・中国等の外国・外国企業等に対する経済貿易制裁法令等を前提に、甲乙間における規制物品・技術(ソフトウェアを含む)等の提供・開示又はその受領者による利用・再提供・再開示(みなし輸出・みなし再輸出を含む)がいずれかの国の輸出管理法・経済貿易制裁法令等に違反しないよう、甲乙双方に関係法令等の遵守義務を課しています。 【第2項~第6項】 本QAシリーズの第17回(こちらから参照)Q2で提示した、ごくシンプルな共通条項(一般条項)の例と同様の内容です。なお、第6項の「東京地方裁判所」は「大阪地方裁判所」等でも構いません。Q29:契約書末尾
A29:以下に規定例を示します。
以上の通り甲乙合意し本契約を締結する。 ○○年○○月○○日 甲:東京都XX区XX X丁目X番地X __________株式会社 代表取締役社長(又は「○○○○事業本部長」等他の役職名) XX XX 乙:東京都YY区YY Y丁目Y番地Y __________株式会社 代表取締役社長(又は「○○○○事業本部長」等他の役職名) XX XX |
【解 説】
本QAシリーズの第3回(こちらから)を参照して下さい。 なお、末尾文言を、「モデル契約」のように「以上の証として、本書2通作成の上甲乙記名押印のうえ各1通を保有するものとする。」とせず、「以上の通り甲乙合意し本契約を締結する。」としたのは、本契約を電子契約・電子署名で締結する場合にも使えるようにするためです。 今回はここまでです。 [7] [1] 【本稿作成上モデル契約以外で主に参考とした資料】(1)西本強「ユーザを成功に導くシステム開発契約―クラウドを見据えて〔第2版〕」 2016/7/8、商事法務(以下「西本」). (2)伊藤雅浩・久礼美紀子・高瀬亜富「ITビジネスの契約実務〔第2版〕」 商事法務、2021/10/18(以下「伊藤他」). (3)阿部・井窪・片山法律事務所(編集)「契約書作成の実務と書式- 企業実務家視点の雛形とその解説 第2版」2019/9/24(2021/2/20補訂)(以下「阿部・井窪・片山法律事務所」). (4)上村哲史、田中浩之、辰野嘉則「ソフトウェア開発委託契約 交渉過程からみえるレビューのポイント」2021/7/22、中央経済社(以下「上村他」). (5)愛知県弁護士会 研修センター運営委員会 法律研究部 契約審査チーム(編集)「新民法対応 契約審査手続マニュアル」 2018/3/5、新日本法規出版(以下「愛知県弁護士会」という). (6)大阪弁護士会民法改正問題特別委員会(編集)「実務家のための逐条解説 新債権法」 2021/10/13、有斐閣(以下「逐条」という).(7) 池田聡「システム開発 受託契約の教科書」2018/1/17, 翔泳社(以下「池田」). (8)難波修一,中谷浩一,松尾剛行「裁判例から考えるシステム開発紛争の法律実務」2017/2/27、商事法務(以下「難波他」) [2] 【民法636条(請負人の担保責任の制限)】「請負人が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない仕事の目的物を注文者に引き渡したとき(その引渡しを要しない場合にあっては、仕事が終了した時に仕事の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないとき)は、注文者は、注文者の供した材料の性質又は注文者の与えた指図によって生じた不適合を理由として、履行の追完の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、請負人がその材料又は指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは、この限りでない。」 [3] 【民法562条(買主の追完請求権)第2項】「2 前項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときは、買主は、同項の規定による履行の追完の請求をすることができない。」 [4] 【第三者ソフトウェア等の利用の是非判断の責任をユーザに課すことについて】「阿部・井窪・片山法律事務所」(p. 439)にもFOSSに関してであるが、「FOSSの採否の検討・評価をなし得るようなユーザは極めて限られていると思われ(る)」との記載がある。 [5] 【第三者ソフトウェア等の利用の是非判断の責任】「難波他」p.130では、「スルガ銀行事件第一審」の内容として、「システム開発の専門家であるベンダーは、[第三者ソフトウェアである]パッケージの選定にあたり、......その他関連する諸事情を考慮して、ユーザが構築しようとしているシステムに最適のパッケージを選定し」なければならないことを記載している。 [6] 【プログラムの不具合の不可避性】東京地裁平成14年4月22日判決(サンセキ事件)「情報処理システムの開発に当たっては、作成したプログラムに不具合が生じることは不可避であり、プログラムに関する不具合は、納品及び検収等の過程における補修が当然に予定されているものというべきである。このような情報処理システム開発の特殊性に照らすと、(中略)注文者から不具合が発生したとの指摘を受けた後、請負人が遅滞なく補修を終えるか、注文者と協議した上で相当な代替措置を講じたと認められるときは、システムの瑕疵には当たらない。」(内田・鮫島法律事務所 IT法務.COM「システムの瑕疵とは?」より再引用)。— この最後の「瑕疵には当たらない」は、もし瑕疵(現在は契約不適合)がないとすれば、そもそも修補等の請求もできないとこになり、不合理であるが、判決の趣旨は、当該修正等が遅滞なくなされれば、それ以上に瑕疵を理由として契約解除をすることはできないという趣旨と思われる。 [7]==========
【免責条項】
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【筆者プロフィール】 浅井 敏雄 (あさい としお) 企業法務関連の研究を行うUniLaw企業法務研究所代表/一般社団法人GBL研究所理事 1978年東北大学法学部卒業。1978年から2017年8月まで企業法務に従事。法務・知的財産部門の責任者を米系(コンピュータ関連)・日本(データ関連)・仏系(ブランド関連)の三社で歴任。元弁理士(現在は非登録)。2003年Temple University Law School (東京校) Certificate of American Law Study取得。GBL研究所理事, 国際商事研究学会会員, 国際取引法学会会員, IAPP (International Association of Privacy Professionals) 会員, CIPP/E (Certified Information Privacy Professional/Europe)【発表論文・書籍一覧】 |