はじめに
夜勤の仮眠時間を組み入れないのは算定方法に誤りがあるとして、鳥羽国際ホテル(三重県鳥羽市)の元従業員の男性が休業補償給付支給決定の取り消しを求めていた訴訟で、津地裁が決定を取り消していたことがわかりました。作業の一部が仮眠時間に及んでいたとのことです。今回は労働時間該当性についてみていきます。
事案の概要
報道などによりますと、原告の男性は2000年9月から鳥羽国際ホテルで勤務していたところ、2016年9月に過重労働による心肺停止で自宅から救急搬送されたとされます。男性は低酸素脳症による後遺症を負い、労災保険法に基づき伊勢労基署に休業補償給付を請求しました。同労基署は2018年に約1400万円の支給決定をしましたが、事実上労働の制約下にあった仮眠時間を算定の基礎から除外していたとして決定の取り消しを求めて提訴していたとのことです。男性は常に携帯電話を所持させられており、仮眠時間の全てが労働時間に該当すると主張していたとされます。
労働時間と賃金支払い
労基法24条では、「賃金は、通貨で直接労働者に、その全額を支払わなければならない」としており、また民法624条では、「労働者は、その訳した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない」としております。企業は従業員に労働の対価として賃金を支払います。逆に言えば「労働」していない時間については賃金を支払う必要はありません。これをノーワーク・ノーペイの原則と言います。たとえば従業員が始業時間から1時間遅刻して出社してきた場合、1時間分の賃金は支払う必要がありません。これは体調不良などで早退した場合も同様です。このように会社にとっても従業員にとっても、「労働時間」に該当するかは賃金の支払い義務に直結するため、非常に重要な事項と言えます。以下具体的に労働時間該当性について見ていきます。
労働時間性の判断基準
労働時間に該当するかについて判例は、「労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定めるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めいかんにより決定されるべきものではない」としております(最小判平成12年3月9日)。そしてこの「使用者の指揮命令下に置かれている」かについては、使用者の関与の有無・程度、業務性の有無・程度を総合考慮して判断されると言われております。使用者による時間的・場所的拘束の有無、進捗管理、従わざるを得なかったかなどです。
労働時間性が問題となる事例
仮眠時間が労働時間に該当するかが問題となった事例で判例は、「当該従業員が配属先のビルからの外出を原則として禁止され、仮眠室における在室や、電話の収受、警報に対応した必要な措置をとること等が義務付けられ、飲酒も禁止されている場合について、仮眠時間中は不活動仮眠時間も含めて使用者の指揮命令下に置かれている」として労働時間に当たるとしました(最判平成14年2月28日)。一方複数人で交代制をとっている場合は労働時間に当たらないとした裁判例も存在します(東京高裁平成17年7月20日)。また住み込み管理人に関する事例では、「不活動時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとは言えない」とし一部労働時間と認めた例もあります(最判平成19年10月19日)。
はじめに
本件で津地裁は鳥羽国際ホテルで勤務していた男性について、仮眠中の緊急対応は例外的であったと指摘する一方、大浴場の清掃や会場桟橋の管理など、夜勤帯の作業の一部が仮眠時間にまで及んでいたとして、仮眠時間のうち1時間20分については労働時間に該当するとしました。仮眠中の緊急対応はごく稀であり、基本的に会社の指揮監督下にあったとは言えないと判断されたものと考えられます。以上のように労働時間に該当するかは原則として会社の指揮監督下にあると言えるかで決まります。その判断も会社からどの程度関与や拘束が及んでいるかなどを客観的に判断されます。従業員の勤怠管理につき、勤務外として扱っている時間がある場合は、これらの基準を踏まえて見直しておくことが重要と言えるでしょう。