はじめに
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の元信者の女性が違法な勧誘で献金させられたとして教団に1億8000万円の損害賠償を求めていた訴訟で東京高裁は15日、一審を破棄し東京地裁に差し戻していたことがわかりました。合意書は無効とのことです。今回は公序良俗違反について見直していきます。
事案の概要
読売新聞の報道によりますと、原告側と教団は2015年6月、金銭の貸し借りを巡る紛争解決のため、教団側が4000万円支払うとの合意書を締結し、そこには原告側が今後、裁判上・裁判外を問わず献金の返還を求めないとの条項が盛り込まれていたとされます。その後原告側が「先祖の悪い因縁を払うために必要」と不安をあおられ、1冊3000万円の「聖本」を4冊購入させられたなどとして提訴したが、一審東京地裁は原告側が内容を十分に理解して合意書に署名しており訴訟を起こせないとして訴えを却下したとのことです。
契約条項と公序良俗
民法90条によりますと、「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする」としております。契約内容は当事者の合意によって原則として自由に決定することができます。これを契約自由の原則と言います。しかし完全無制約というわけではなく違法または無効とされる条項もあり得ます。その無効原因の一つがこの公序良俗違反です。公序良俗違反には様々な類型がありますが、大きく財産秩序に違反する場合、倫理的秩序に違反する場合、自由・人権に違反する場合、動機が不法な場合に分けられるとされております。契約の中にこのような内容の条項が盛り込まれている場合、その条項もしくは契約全体が無効となってしまうこともあり得ます。
公序良俗違反とされた事例
契約条項が無効とされた事例としてまず、芸能事務所と歌手が専属契約を締結し、事務所の承諾なしに芸名を使用しないとする条項が盛り込まれていた例が挙げられます。契約終了後も芸名の使用を制限する本条項について東京地裁は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反して無効であるとしました(東京地裁令和4年12月8日)。ある種財産的価値を有する芸能人の芸名を契約終了後も無制限に禁止する条項は著しい不利益を一方的に課するもので不合理と判断されたものと言えます。その他の例として、通常の相場と比べて異常に高い代金や賃料を取る内容の契約、逆に異常に低廉な価格で買い叩くといった内容の契約も公序良俗に違反するとされる傾向にあります。他人の窮迫、軽率、無経験を利用して著しく過当な利益を得る条項として無効とされております(大判昭和9年5月1日)。合理的な理由なく定年年齢に男女格差を設ける場合や(最判昭和56年3月24日)、賭博の借金返済のためといった不法な動機のある消費貸借契約なども無効とされております(最判昭和29年8月31日)。
公序良俗違反と不法原因給付
契約が公序良俗に違反し無効となった場合、その契約に基づいて支払っていた金銭などを不当利得として返還請求する場合があり得ます(民法703条、704条)。しかし民法708条では「不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない」としております。いわゆる不法原因給付と呼ばれるものです。公序良俗に違反するような契約等で支払った金銭等の返還請求はできないということです。これは反社会的・反道徳的な行為をした者を法的に保護しないという趣旨です。実際にこれが争点となった例として、詐欺の発覚を防ぐ目的で支払った偽装配当金を不法原因給付として損害賠償額から控除することを否定した裁判例も存在します(最判平成20年6月24日)。一方で契約条項だけが公序良俗に違反する場合は全体として無効とはならず、返還請求等は可能ということです。
コメント
本件で教団側と原告の合意について東京高裁は、裁判による権利救済を一方的に否定するもので合理性を欠くとし、原告女性が合意の法的意味を十分理解していたとは認められないした上で、有効とすれば正義に反する結果を招くと言わざるを得ないとして公序良俗に反し無効としました。原告側弁護士は教団は信者と同様の合意を多く結んでおり、返還を求める人に希望を与える判決だと評価しているとされます。以上のように相手方に一方的に不利益を課するものや、相手の判断力の低さにつけ込んで不当な利益を得る内容の条項は公序良俗に反し無効とされる可能性が高いと言えます。またこれらとは別に消費者契約法や特商法、下請法などでも相手方に一方的に不利益を与える内容の条項は無効とする規定が存在します。これらを踏まえて今一度、契約書の雛形等を見直しておくことが重要と言えるでしょう。