はじめに
企業が取引に使う約束手形の決済期限を原則120日から60日に短縮する方針であることがわかりました。意見公募を経て正式に決定されるとのことです。今回は下請法と約束手形について見ていきます。
問題の所在
企業が取引先に発注した際に、代金を現金ではなく約束手形で支払われることがあります。この場合、通常振り出しから支払いまでの間に一定の期間が存在します。この間受注側企業は代金が入ってこず、事実上の支払い猶予となっております。受注側企業が中小企業であった場合、これによって資金繰りが圧迫され、その間のつなぎの資金として追加で金融機関からの借入を余儀なくされるといった事態が散見されており問題視されております。現在下請法により一定の制限はあるものの、なお中小企業を圧迫しており、政府は下請法の基準を見直す方針を打ち出しております。これにより中小企業の資金繰りを改善し、賃上げや設備投資を後押しする狙いとのことです。
約束手形とその仕組み
約束手形とは、期日までに決められた金額の支払いを約束する有価証券の1つとされます。振出人が受取人に対して約束手形を振り出すことによって、現金の代わりに決済がなされ、支払期日になると、振出人の口座から代金が引き落とされ、受取人が約束手形を金融機関に持ち込むことで現金化が可能となります。実際には、約束手形を振り出すためにはまず、振出人が金融機関と当座勘定取引契約を締結して当座預金口座を開設します。これは振出人に代わって金融機関に代金を支払ってもらうという委託契約の一種です。受取人は自社と取引をしている金融機関に取り立てを依頼すると、手形交換所で手形が交換され、受取人の口座に振り込まれるという仕組みです。約束手形は有価証券であることから他人に譲渡することも可能です。また期日までに現金化したい場合は金融機関に手数料や利息を差し引いて買い取ってもらうことができます。これを手形割引と言います。なお振出人が支払期日に代金を準備できていなければ、いわゆる不渡りとなります。6ヶ月以内に2回不渡りを出すと銀行取引停止処分となり、事実上倒産となってしまいます。
下請法による規制
下請法4条2項2号によりますと、「下請代金の支払いにつき、当該下請代金の支払期日までに一般の金融機関による割引を受けることが困難であると認められる手形を交付すること」によって下請事業者の利益を不当に害してはならないとしております。ここに言う「一般の金融機関」とは、銀行、信用金庫、信用組合、商工組合中央金庫等の預貯金の受け入れと資金の融資を併せて業とする業者を言い、貸金業者は含まれないとされております。また「割引を受けることが困難であると認められる手形」とは、一般的にその業界の商慣行、親事業者と下請事業者との取引関係、その時の金融情勢等を総合的に勘案して、妥当と認められる手形期間を超える長期の手形と言われております。現在の公取委の運用基準では繊維業で90日、その他の業種で120日を超える手形期間の手形を長期の手形と見ており、これを超える手形を下請事業者に交付する場合は下請法に違反するおそれがあるとして指導されております。
手形期間短縮への動き
手形期間は一般に「手形サイト」とも呼ばれますが、公取委と中小企業庁は令和3年3月31日、下請代金支払の更なる適正化を図るため、関係事業者団体に次のような要請を行なっております。(1)下請代金の支払いはできる限り現金で、(2)手形等によって支払う場合は現金化のコストを下請事業者の負担とならないようにすること、(3)下請代金の支払いにかかる手形等のサイトについては60日以内とすること、(4)これらの要請については、新型コロナウイルスによる経済状況を踏まえ、おおむね3年以内を目処として可能な限り速やかに実施することとなっております。そして現在政府は、上で触れた下請法の運用基準で定められている原則120日の手形サイトも一律60日まで短縮する方針を打ち出しております。意見公募を経て正式に決定される見通しです。また政府は2026年までに紙の約束手形自体を廃止する予定としております。
コメント
以上のように約束手形には決済日まで支払いを猶予する意味合いがあり、資金力の乏しい中小の下請事業者にとっては大きな負担となっております。政府が20年度にまとめた報告書では、手形による決済をやめたいと答えた企業は受け取り側で9割、発行側でも8割弱に登ったとされます。手形を多用するのは日本独自の商慣習と言われており、一般的に欧米に比べ日本では代金回収に1~2ヶ月長くかかると言われております。政府はこのような手形決済が中小企業の資金繰りを圧迫し、賃上げの妨げとなっているとし、手形サイトの短縮、最終的には約束手形を廃止する方向で動いております。約束手形は一定期間支払いを猶予してもらえるというメリットの反面、その分相手方企業に負担を強い、また不渡りの際には大きなペナルティを負うリスクもあります。これらの点を踏まえて、今後の代金決済の方法を慎重に検討していくことが重要と言えるでしょう。