はじめに
中部電力などは独占禁止法に違反したとして公正取引委員会から課徴金納付を命じられたことをめぐり、元役員に対して損害賠償を求め提訴すると発表しました。請求額は7000万円程度とのことです。今回は会社法が規定する取締役の責任と責任追求について見直していきます。
事案の概要
報道などによりますと、中部電力とその子会社の中部電力ミライズ(名古屋市)および東邦ガスは遅くとも2016年から競合する大口の都市ガス契約の受注予定者を話し合って決めており、顧客に提示する料金水準を伝えるなどして受注予定者が受注できるようにしていたとされます。公取委は今年3月、独禁法が禁止する不当な取引制限に該当するとして、中部電力と中部電力ミライズに計約2680万円の課徴金納付命令を出しました。この問題をめぐり両社の監査役が当時の役員7人を調査した結果、2016年からの2年間、中部電力の販売担当役員だった清水成信氏が受注調整に関わっていたことが判明したとのことです。両社は清水氏を受注調整を認識しながら是正・阻止しなかったとして課徴金や調査費などを含め7000万円程度の賠償を求めるとしております。
取締役の会社に対する責任
取締役は従業員とは異なり、会社との関係は雇用ではなく委任関係となります。そのため取締役は会社に対し善管注意義務(会社法330条、民法644条)と忠実義務(会社法355条)を負っております。そして会社法423条1項では、会社の役員等がその任務を怠ったときは会社に対しこれによって生じた損害を賠償する責任を負うとしております。これを任務懈怠責任と呼びます。この任務懈怠による損害賠償請求の要件は、(1)任務懈怠の存在、(2)故意または過失、(3)会社の損害、(4)任務懈怠と損害との因果関係となります。取締役はこの任務懈怠責任の他に、協業取引や利益相反取引、株主への利益供与、分配可能額を超えた違法配当、適法に出資がなされなかった場合にも責任を負うこととなります。
任務懈怠の具体例
取締役の任務懈怠行為としてはまず法令違反が挙げられます。この「法令」は会社を名宛人とする全ての法令が含まれるとされております(最判平成12年7月7日)。これは会社法はもとより、金商法や独禁法、景表法や食品衛生法、廃棄物処理法などあらゆる法令が該当します。そして取締役として他の取締役や従業員など会社に対する監視・監督義務違反や内部統制システムの構築違反などが挙げられます。またしばしば取締役の責任として問題となるのが経営判断原則です。取締役は会社の事業について意思決定を行いますが、それが功を奏さず会社に損失を出させることもあります。しかし結果のみを見て事後的に任務懈怠としてしまうと、取締役の経営判断を萎縮させてしまうこととなります。そこで行為当時における会社を取り巻く状況、その会社が属する業界での経営者の優すべき知見や経験を基準として、経営判断の前提となる事実認識に不注意が無かったか、それに基づく意思決定の過程・内容に不合理な点が無かったかという観点から評価されるとされております(東京地裁平成16年9月28日)。
取締役に対する責任追求
上記のように取締役に任務懈怠責任などが発生した場合、会社は当該取締役に責任追求ができます。それでは具体的にどのように追求するのでしょうか。まず原則としてこの責任追及は監査役が担当します(386条1項1号)。ただし、業務執行権限を有する監査役が置かれていない会社の場合は代表取締役が会社を代表して訴訟を追行することとなります。また指名委員会等設置会社の場合は監査委員が担当します(408条3項1号)。このように役員等に対する責任追求は誰が行うかについて会社法では規定が置かれております。しかしこの責任追求が適切に行われない場合もあります。そのような場合、一定の要件のもとで株主が会社に代わり提訴することが認められております。これが株主代表訴訟です(847条1項)。この場合でもまずは会社に提訴請求を行います。請求の日から60日以内に提訴されない場合に株主は自ら提訴することが可能となります(同3項)。なお会社に回復することができない損害が生じるおそれがある場合は直ちに提訴できます(同5項)。
コメント
本件で中部電力や中部電力ミライズの当時の役員は大口の都市ガス販売で東邦ガスと受注調整を行っていたとされ、公取委から独禁法違反により課徴金納付命令を出されております。このような独禁法違反行為は任務懈怠の典型例とも言えます。これを受けて両社の監査役は当時の違法行為を調査して責任追及の訴えを起こすとされます。以上のように取締役は会社に対し善管注意義務や忠実義務を負っており、法令違反行為などがあれば会社に対して損害賠償の責任を負います。しかし経営判断原則など、注意を尽くしていたにもかかわらず結果として事業がうまくいかず損失を計上してしまうこともありえます。どのような場合に責任が生じるのか、また生じないのかを確認し、あらかじめ準備・周知しておくことが重要と言えるでしょう。