はじめに
アイドルグループを脱退した男性に対し、所属事務所が約1千万円の違約金を求めた訴訟の上告審で17日、最高裁が事務所側の上告を退けていたことがわかりました。脱退したアイドルは「労働者」とのことです。今回は労基法上の労働者性と違約金条項について見直していきます。
事案の概要
報道などによりますと、アイドルグループに所属していた男性は2019年1月、大阪市の事務所と専属マネジメント契約を締結したとされます。契約書には「事務所の承諾なしに脱退できない」とする規定のほか、「違反1回で200万円」との違約金条項があったとのことです。男性は20年8月に契約解除を求めると、事務所側から違約金を求める訴訟が提起されておりました。一審大阪地裁は、男性にライブやレッスンを断る自由はなく、仕事場所や時間を拘束されていたと指摘し、独立した事業者ではなく、事務所の指揮監督を受ける「労働者」と認め、違約金条項は労基法に違反し無効とする判決を出しております。二審大阪高裁も一審判決を支持しました。
労基法上の労働者
労働者該当性についてはこれまでも何度も取り上げてきましたが、ここでも労基法の条文から確認しておきます。労基法9条では「労働者」を、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」としております。「賃金」とは、「労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」としております(11条)。つまり契約による雇用形態がどのようなものであるかは問わず、使用者に使用されており、その対価として賃金が支払われている者が「労働者」に該当するということです。かつて古い判例では、雇用の実態ではなく形式的に雇用契約の内容に従って判断していた例も存在しますが、現在では使用従属性の有無に従って客観的に労働者性を判断する考え方が定着していると言えます。
労働者性の判断基準
それでは使用従属性の有無はどのように判断されるのでしょうか。現在は(1)指揮監督下の労働と言えるか、(2)報酬が労務対償性を有するか、(3)補強要素の3点で判断されると言われております。指揮監督下の労働と言えるかに関しては、仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行に当たっての指揮監督の有無、勤務場所および勤務時間に関する拘束の有無、労務提供の代替性の有無などが判断要素となります。補強要素については、事業者性の程度、ある特定の相手との間に専属性が認められるか、その他採用の過程、公租公課の負担関係が要素となります。裁判所はこれらの中でも特に「指揮監督下」の労働と言えるかを中心に労働者性を判断していると言えます。会社の指揮監督を受け、時間的・場所的に拘束された労働を行っている場合は労働者と判断される方向に強く働くということです。
労基法の賠償予定禁止規定
労基法16条では、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」としております。これを賠償予定の禁止と言います。「会社に損害を与えた場合には、損害額にかかわらず○○万円の賠償を支払う」「退職した場合には違約金として○○万円支払う」といった条項が典型例と言えます。この賠償予定の禁止規定は労働者の退職の自由を保障することが趣旨とされます。違反した場合は罰則として6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金となっております(119条1号)。この規定はあくまでも賠償額をあらかじめ予定しておくことを禁止しているものであって、労働者に対して会社が賠償請求することを禁止するものではありません。労働者の責任で発生した損害を会社が適法に請求することは可能です。なおこの場合でも、労働者に対する債権と、賃金債務を会社から一方的に相殺や天引きすることはできません。
コメント
本件で最高裁は原審の細かな内容には立ち入らず、憲法違反などの上告理由が存在しないとだけ示し上告棄却としました。これにより元アイドルの男性を「労働者」と判断した一審・二審の判断が確定することとなります。本件では専属マネジメント契約が締結され、個人事業主として扱われておりましたが、ライブやレッスンの諾否の自由はなく、場所的・時間的拘束もされていたとして事務所の指揮監督下にあったと判断されたものと考えられます。これにより労基法が適用され、違約金の予定は違法・無効と判断されました。以上のように労働者に該当するかは使用従属性の有無から客観的に判断されます。その場合、労働関係法令も適用され、多くの労基法の規定に違反する事項が生じることとなります。近年フリーランスを保護する法制度の整備など、個人事業主保護の動きが加速しております。今一度自社の雇用・勤怠管理を見直しておくことが重要と言えるでしょう。