はじめに
企業が法律に違反した場合に行政が企業名等を公表する事例が増えています。昨今、法律の条文の中にも罰則に代わり、規定を遵守させるための手段として公表が出来る旨が規定されるようになって来ました。しかし、行政が行う公表が誤った事実に基づいて行われる可能性も否めません。今回は、誤った事実認定に基づいて自社の企業名が行政に公表された場合の権利救済手段について見ていきたいと思います。
公表とは
公表とは特定の法令違反や不測の事態等が生じた場合に、行政機関が広く一般にその事実を発表することを言います。その態様は二種類あり、ひとつは国民の生命・健康や財産の安全等を保護するため、または被害の拡大を阻止する目的でなされる公表です。なんらかの健康被害が生じた場合等に、それを摂取しないよう呼びかけるといった例が挙げられます。そしてもうひとつは企業や事業者が法律違反をした場合や行政指導・勧告等に従わない場合に従わせるため、あるいは制裁の意味合いで行われるものです。2014年改正の景表法がその一例です。景表法8条の2第2項では事業者が消費者庁の勧告に従わない場合は公表することができる旨定めております。
公表の問題点
これらの公表のうち「制裁としての公表」は本来、罰則よりも緩やかな法令遵守確保手段として考えられていました。行政指導や勧告を行っても企業や事業者が従わない場合に、いきなり行政処分や罰則適用ではなく中間的な手段としてまず公表をするというものです。それによって企業側も態度を改め、指導に従うことが期待されます。それでもだめなら処分、罰則という強行手段にでるという流れです。ところが昨今この公表の効果について違った評価がなされ始めました。企業や事業者にとっては行政処分や数100万円の罰則よりも社会的評価を低下させることにつながる公表のほうが深刻であり効果も大きいと言えるからです。こうした背景から、公表は行政や立法において注目されるようになりました。一方でその大きな効果ゆえに問題も生じます。まずそのような不利益を与える行政行為を法律の根拠なくして行えるのかという点です。そして万一公表した内容が事実ではなかった場合に公表された側はどのように権利救済されるのかという点も問題となります。
法律の根拠の要否
公表に法律の根拠が必要かについては従来から議論がありました。現在の多数的な見解としては、国民の健康・生命保護や国民の便益を目的とした事実の公表については法律の根拠は不要であり、制裁としての公表には法律の根拠をようするとするのが有力です。平成8年のO‐157集団感染で当時の厚生大臣がカイワレ大根が原因の可能性がある旨公表し、業者が国を訴えていた事件の東京高裁判決でも、「行政上の制裁等、法律上の不利益を課すことを予定したものではな」いことから根拠は不要としています。
不実の公表への対処
公表は時に大きな社会的評価の低下を招き、場合によっては倒産にいたることもあり得ます。行政側の事実誤認等により不実の公表がなされ、またはなされようとしているとき企業はどのように対処すべきかが問題となります。
(1)処分性が認められる場合
公表に処分性が認められる場合には行政事件訴訟法に基づき取消訴訟(3条2項)や差止訴訟(同7項)といった抗告訴訟を提起することができます。しかし公表は一般的には国民に対する情報提供行為に過ぎず、それによって法的に権利義務を生じさせるものではないことから処分性は否定されることが通常です。多くの裁判例でも公表に関しては処分性が否定されております。
(2)処分性が認められない場合
上記のとおり公表には処分性が認められないことが通常ですので、差止や取消を求めることは困難と言えます。その場合公表されない地位の確認を求める訴えを提起することが考えられます。これはいわゆる当事者訴訟と言われる訴訟であり「公法上の法律関係」の確認を求める訴訟です(4条)。そして不実の公表がなされたことによって損害が生じた場合には国賠請求訴訟の提起が考えられます。
コメント
上記O‐157事件で厚生大臣のあいまいな中間発表によりカイワレ大根の売上が激減し多額の損害を受けた業者の国賠請求訴訟控訴審判決では、法律の根拠や処分性は否定したものの、公表の目的や方法、生じた結果から是認できるものでなくてはならず、行政の注意義務違反があれば国賠は認められると示しました。国民の健康被害拡大を阻止するという目的は正当と言えるも、曖昧な内容の公表があたかもカイワレ大根が原因であると国民に印象付けたとして注意義務違反を認めました。このように行政機関の公表は法律の根拠が不要な場合も多く、不利益の割に処分性が認められない等、不透明な部分が多いと言えます。事後的に国賠請求が認められる可能性があるとはいえ、事前に対処することは困難と言えます。行政機関から勧告等があった場合には誠実に対処し、事実と異なる点がある場合には毅然と訴えることが重要と言えるでしょう。